Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第172回)

・『メル・ブルックスのサイレント・ムービー』

コメディ映画の巨匠、メル・ブルックス監督の作品は、以前にも本ブログで取り上げたことがある。

『ヤング・フランケンシュタイン』だ。名画『フランケンシュタイン』のパロディ映画で、終始笑いながら鑑賞することができた。

そのブルックス監督、本作ではなんとサイレント映画に挑戦している。

普通、サイレントといえばモノクロなのだが、本作は1970年代の映画なのでカラーフィルムで撮影されている。「カラーのサイレント映画」というのも、なにやら新鮮な感覚である(;^ω^)

ブルックス監督ご本人が演じる主人公。ジリ貧の映画会社に企画を持ち込むが、その映画会社は悪の財閥に乗っ取られそうになる。

この悪の財閥というのがまた笑える。毎朝、重役会議にて役員たちが「$」と書かれた壁に向かって両手を合わせて拝むのである。まさに文字通りの“拝金”主義者というわけだ。

コメディ映画にもかかわらず、ポール・ニューマンはじめスター俳優たちが続々登場するのも、見もの。

 

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・『ジーグフェルド・フォリーズ』

ブロードウェイの興行王フローレンツ・ジーグフェルド(1867‐1932)が、あの世でミュージカルの名場面を回想する、という一風変わった設定のミュージカル映画

様々な名場面が再現されるが、個人的に気に入ったのが、エスター・ウィリアムスによる「水中バレエ」。実際に女優がプールにもぐって水中で踊るのだ。なんとも楽しい。

フレッド・アステアジーン・ケリーの共演も、間違いなく本作の見どころのひとつだろう。アメリカ・ミュージカル映画は、このふたりが牽引してきたと言っても過言ではないからである(※)

※ちょうど日本の任侠映画を、鶴田浩二高倉健の二大スターが牽引してきたのと同じことである。

一方、不満が残るのが、ミュージカルシーンの合間合間に挿入される、コメディアンによる一人漫才。ことごとくスベっており、本作の娯楽性を大いに殺いでしまっている。

なお、これは余談であるが、D・W・グリフィス『散り行く花』のオマージュと思しきシーンがあり、アステアが特殊メイクで一重瞼の東洋人顔になっている。中国(?)の描写が相変わらずオリエンタリズム丸出しなのも含めて、不覚にも笑ってしまった。

 

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・『G.I.ブルース』

我らがエルヴィス・プレスリー扮する米軍兵士が、当時の西ドイツでロマンスを経験する、という「いかにも~」な内容の音楽映画。

実際にドイツでロケが行われたようで、街並みといい、自然といい、実にドイツ的である。風景を見ているだけでも楽しい。

もちろん、肝心の音楽のほうだって、ちゃんと楽しめますよ。

 

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・『心の旅路』

第一次大戦での負傷により記憶を喪失してしまい、自分が何者かも分からなくなってしまった主人公の男性。

やがて彼の境遇に同情し、支えてくれたヒロインの女性と結婚し、それなりに幸せな家庭を築く。

ある日、主人公は交通事故に遭い、その衝撃で、自らが上流階級の出身であることをようやく思い出す。それと引き換えに、今度はヒロインの女性のことをすっかり忘却してしまう。

実家に戻った彼は実業家として成功を収める。すると、新聞でそれを知ったヒロインの女性が再度主人公の前に現れる。彼女のことをすっかり忘れてしまった主人公は、彼女を秘書として雇い、行動を共にさせる。

ヒロインはなんとかして主人公に自らのことを思い出させようとするが、なかなかうまくいかない。

…とまぁ、こんな内容のお話で、基本的には恋愛映画であるが、ヒロインが主人公に思い出させようとする過程には、ミステリー映画にも通じる面白さがある。

ラストがなんとも感動的。

 

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・『拳銃の報酬

貧乏な三人の男たちが、生活費欲しさに銀行強盗を企てる、という内容のサスペンス映画。

三人のうち一人は黒人であるが、もう一人はあろうことか黒人嫌いのレイシスト白人であり、まだ銀行強盗が始まってもいないうちから、きな臭さが漂う。我々観客が「おいおい、こんなんで大丈夫かよ…」と心配(?)しているあいだに銀行襲撃が開始されるが…

ラストがまた、なんとも皮肉が効いている。

 

拳銃の報酬 [DVD]

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書評『アンベードカルの生涯』

ここ最近、日本の行く末を憂いてばかりいる。

こうした憂国の情は、ただちに身体に変調をもたらす。

具体的に言えば、躁鬱、不眠、軽度の下痢などの症状に悩まされている。

「えーっ!? 国を憂うあまり病気になるなんて、ありうるんですかー?www」と嗤う人は、真剣に国を憂いた経験のない人である。

そんな僕にとって、この時期にこの本と出会えたことは、まさに僥倖としかいいようがなかった。

 

本著『アンベードカルの生涯』(光文社)は、20世紀インドの政治家ビームラーオ・アンベードカル(1891‐1956)の評伝である。

彼は不可触賤民の階級に生まれ、社会からの激烈な差別に苦しめられながらも、奮励努力して政治家となり、インド憲法の制定に関わった。今日では「インド憲法の父」としてあがめられている。

「不可触賤民」という言葉について、もう少し解説が必要だろう。インドのカースト制度において、最下層に位置づけられる人々である。日本の被差別部落に相当するものと考えても良いかもしれない。いやもっとひどいかもしれない。その差別は、井戸水を利用することすら禁じられるという徹底したものだからだ。

アンベードカルは、不可触賤民として周囲の人々から忌み嫌われながらも、苦学して社会の上層へと駆け上がっていくのである。

 

やがて政治家となり、インド民衆を導くリーダーのひとりとなった彼の前に立ちはだかったのが、かのマハトマ・ガンディーである。

ガンディーは、近代インド史における不世出の英雄として、今日までひろくあがめられている。

ところが本著を読むと、ガンディーの、一般的なイメージとは異なる一面が見えてくる。

簡単にまとめると、ガンディーとアンベードカルには、プライオリティ(優先順位)の相違があった。不可触賤民の解放よりもインド独立のほうに重きを置くガンディーに対し、アンベードカルは独立よりもむしろ不可触賤民の解放をこそ重視したのだ。ガンディーは不可触賤民の苦しみに、相対的に鈍感であった。

本著で描かれるガンディーの言動を見ていると、率直に言って、彼は政治家には不向きだったのではないか、との疑念をぬぐえない。精神的な指導者、カリスマではあるがーマハトマとは「偉大な魂」という意味であるー政治家に求められる客観的な現状分析などの能力に欠けていたのではないか、と思われるのだ。

対してアンベードカルには、政治家としての実務能力があった。彼は、生涯最大のライバル・ガンディーとしのぎを削りながら、近代インドのために邁進していったのである。

 

彼の努力は実を結び、インド独立は成り、憲法も制定された。

そんな彼にとって、最後の大仕事となったのが、仏教への改宗であった。

インドは仏教発祥の地であるにもかかわらず、ヒンドゥー教イスラーム教などにおされ、ついに仏教はすたれてしまった。しかしアンベードカルは、この仏教こそ、カースト制度に基づく差別から不可触賤民を救ってくれる宗教だとして、晩年に仏教へと改宗したのである。多くの不可触賤民たちもまた、彼にならって仏教へと改宗した。今日では、インドにおける仏教徒の数は、1億人を超えたという。1億人といえば、仏教国である日本の人口とさして変わらない。

インド仏教は、力強く復活を遂げたのだ。

 

今、日本には多くの難題が山積している。

だがそれをいうなら、アンベードカルが生きた時代のインドもまた、いやそれ以上に数多くの難題に直面していたのだ。

さまざまな逆境を超人的な意志の力で克服したアンベードカルの生涯は、したがって現代日本に住む我々に、勇気を与えてくれるのである。

 

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

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書評『地方は消滅しない!』

僕の生まれ故郷、静岡県沼津市は、残念ながら、今日ではだいぶ衰退してしまった。

1990年代まではまだ、駅前の商店街には西○デパートもあったしマ○イもあった。若者でにぎわっていた。

今では、西○もマ○イも撤退。すっかりシャッター商店街と化してしまった。

う~ん、どうにかならないものか。

 

今日ご紹介する本は、経済評論家・上念司さんの『地方は消滅しない!』(宝島社)

僕のように郷土の衰退を嘆いている人にとって、本著はあるいは福音となるかもしれない。

 

そもそも、どうして地方都市は衰退しているのだろうか。

多くの論者がその原因として挙げているのが、人口減少である。

人口が減っているから地方都市も衰退してしまうーーなるほど、確かにもっともらしく聞こえる言説ではある。

ところが上念さんは本著のなかで、地方都市の衰退と人口減少との間に相関関係は認められないと主張するのだ!

たとえば、いわゆる「平成の大合併」によって、市町村ひとつあたりの人口は増加したのだが、それによって財政状態は良くはならず、むしろ悪化している(=人口増でも栄えるわけではない!)

あるいは、高度成長期、地方は今日よりももっと激しい人口流出に苦しんでいた。ならば高度成長期に地方都市はとっくに消滅していてもいいはずなのに、そうなってはいないのだ。

 

「地方衰退の原因は人口減少」とよく似た言説に、「デフレの原因は人口減少」というものがある。どちらもメディア上でよく見かける説だが、要注意である。

≪みんなが言っているからといって正しいとは限りません。なぜなら、みんなが騙されている可能性があるからです。≫(53頁)

上念さんに言わせれば、人口減を地方衰退の原因にするのは、官僚たちが仲間をかばう際に、そのほうが都合が良いからである。人口減が原因ならば、誰が悪いというわけでもないからだ。

デフレの原因を人口減にするのも、これとまったく同じ理由による。だが実際のところは、上念さんや他のリフレ派の論客たちが主張しているように、デフレは誤った経済政策によって引き起こされた「人災」に他ならないのである。

 

では、地方衰退の本当の理由は、何なのだろう。

上念さんは、イケてない地方都市に共通して見られる「墓標」にこそその原因あり、と見ている。

「墓標」とは、稼働率の悪い大型商業ビルのことを指す。

地方都市の出身者なら、誰しも心当たりがあるのではないか。駅前の一等地に建っていて、それなりにカネのかかった立派な建物なんだけど、テナントは全然入っておらずいつだってガラガラという、シャッター商店街ならぬシャッタービルディングである。

それを上念さんは「墓標」と呼んでいるのである(我が沼津にも、あるある、そういうビル!)

この「墓標」、つくるのに結構カネがかかっているのに、中がガラガラだから全然資金を回収できない。それでいてメンテナンスの費用は掛かるというのだから、地方都市にとっては不良債権以外の何物でもない。

かくしてこの「墓標」のせいで経済状況は悪化、地方都市は衰退していくのである。

 

では、どうすれば地方都市は生まれ変わることができるのだろう。

「どうして失敗したか」の分析をしっかりとやれば、逆に「どうすれば成功するのか」が見えてくる。

地方衰退の真の原因たる「墓標」は、お役所主導でつくられたものだ。

ならば、成功するにはその反対ーつまりお役所主導ではなく、民間に任せれば良いのである。

本著第4章では、民間が主導して公共施設を建設した、紫波町のケースが紹介されている。

一方、失敗したケースも取り上げられている。こちらは公共施設開発の手法で民間施設も一緒に建ててしまい、それゆえに失敗したのである。

こう言ってしまうと身も蓋もないが、町おこしは、ビジネスなのだ。お役所にビジネスができるか。できるわけない。餅は餅屋。ビジネスは民間である。思い切って民間に任せてしまえ!

 

それでは、お役所がやるべき仕事とは何だろう。上念さんは言う。

≪政府や地方自治体がやるべきことはあらかじめ正解を想定して人々をその正解に寄せるのではなく、人々が自由な発想でいろいろなアイデアを実践することを邪魔しないことなのです。≫(217頁)

僕の地元・静岡県沼津市は、実を言うとここ最近、盛り返してきている。

ご存知の方も多いかもしれないが、人気アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』が沼津市を舞台としており、いわゆる「聖地巡礼」のため訪れたアニメファンたちで街は賑わいを取り戻しつつあるのだ。

今や町中ラブライブ一色。キャラクターの誕生日をファンと一緒に祝う店も最近では多くなった。沼津市民の間からは街の活性化を喜ぶ声が多く聞かれる。

この『ラブライブ!サンシャイン!!』、確かに最近では沼津市も公式HPでキャラクターの誕生日を祝うなど“便乗”しているが、もとはといえばアニメスタッフがたまたま沼津を訪れ、風光明媚であったことから作品の舞台に選んだのが、そもそもの始まりである。沼津市から「ウチでアニメを撮ってください」との申し出は、なかったという。

ここでもやっぱり、成功の秘訣は民間主導だったのだ。

 

地方は消滅しない!

地方は消滅しない!

 

 

書評『「空気」の研究』

本ブログでは以前、評論家・山本七平さん(1921-1991)の著作を取り上げたことがある。

本著『「空気」の研究』文芸春秋もまた、山本七平さんによる著作である。

タイトルのとおり、日本社会につきまとう「空気」について分析した論考だ。

 

「空気」は、先の大戦において日本社会を強く呪縛し続けた。

日米開戦前夜、実をいうとだれもが対米戦争は無謀だと内心では思っていた。それでも結局開戦に踏み切ってしまったのは、「空気に抗えなかった」からである。

これと同じことが、実は戦後日本にも当てはまるのだ。

その例を山本さんは本著でいくつか挙げていくのだが、21世紀の今日においても同様の例は見出せる。

僕の理解によれば、たとえば消費増税に向けた圧力が止まらないのは、財務官僚が「空気に抗えない」からである。

 

こうした意味での「空気」というのは日本独自のものかと思いきや、山本さんによると古代ユダヤ社会にもこれに相当する概念はあったのだという。ヘブライ語の「ルーア」だ――日本語では「霊」と訳される。

旧約聖書において「霊」という言葉が出てきたら、それは幽霊のことではなく、現代日本でいうところの「空気」、と考えて差し支えないようだ。

ところがユダヤ人がスゴイのは、その「霊」(=空気)による支配に抗う術を見い出したことである。

それは一体なにか。答えは本著を読んでからのお楽しみ、である♪

…一方、ユダヤ人ほど賢くない我ら日本人は、相変わらず「空気」に支配されつづけているというわけだ。

 

本著は、記述がいささか抽象的で分かりづらい箇所もあるものの、全体的に極めて説得力ある議論が展開されている。

ただ、本著を読んでいて「玉に瑕だな」と思ったのは、喩えがいささか古風なため、現代の読者にとってはかえって分かりづらいことである。

たとえば文中、「シベリア天皇」なる言葉が何の説明もなく唐突に出てくるが(110頁)、今日の若い読者にとっては「シベリア天皇」なんて言われても何のことだかサッパリだろう。刊行当時としては分かりやすい表現だったのだろうが、今日においてはかえって分かりづらいものになってしまっている。皮肉なことだ。

 

とはいえ、本著の核心部分は決して古びてなどいない。むしろ本著を読むと、昔と今とで日本人の行動パターンがまったく変わっていないことに、ただただ驚かされる(この点、丸山真男『日本の思想』と似る)

本著では、例えばイタイイタイ病の原因とされるカドミウムに対して、日本人が非合理的なまでの恐怖を抱いていることが述べられるが、この議論は「カドミウム」を「放射能」と置き換えてしまえば、現代の福島原発の問題にもほぼそのまま通用してしまいそうである。

 

評論家・山本七平は1991年に没したが、その思想は彼の死から四半世紀以上も閲した今日もなお、生き続けているのである。

 

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

 

 

書評『天皇の影法師』

作家の猪瀬直樹さんに、僕は一度だけ、お会いしたことがある。

 

「性格はちょっとアレだけど、頭はめっぽう良い」ーーこれが、彼に対する僕の率直な印象である。

「えぇ? 『性格はちょっとアレだけど』なんて言っちゃっていいの? 猪瀬さんに失礼じゃないか?」と読者諸賢からはお叱りを受けるかもしれない。

ごもっともだが、僕としてはむしろ「頭はめっぽう良い」という後半部分にこそ力点を置きたいのである。つまりは、誉め言葉なのだ。なにとぞ、ご了承を…。

 

本日ご紹介するのは、そんな猪瀬さんのノンフィクション『天皇の影法師』中央公論新社である。

本著は全部で4章からなる。第1章は、本来ならば大正の次に来るはずだったとされる幻の元号「光文」をめぐる、新聞記者たちのお話。

第2章は、崩御した天皇の棺を先祖代々かついできたという、「八瀬童子」と呼ばれる人々のお話。

第3章は、再び「光文」の話題に戻り、その真相に迫る。

第4章では、一般での知名度がなぜか低い松江騒擾事件が取り上げられる。

 

今上天皇の退位が取りざたされ、巷間ではにわかに「平成の次」の元号への関心が高まった。

これはなにも今に始まった話ではない。本著を読むとどうやら、いつの時代でも「次の元号」への人々の関心は高かったようだ。

一世一元の制のもとでは、「次の元号」は今上天皇の死と直結するため、戦前であればなおのこと不謹慎な話題であったことだろう。が、むしろそれゆえに、かえって人々の好奇心を刺激したに違いない。

大正天皇崩御に前後して報道合戦は加熱、そこからメディア史に残る「光文事件」が発生することとなる。一部メディアが、大正の次の元号は「光文」に決まった、との誤報を流してしまったという事件である。

 

はたして光文は、本当に大正の次に来るはずだった元号なのだろうか。それとも…

猪瀬さんは丹念な資料収集、関係者への取材によって、光文の謎へと迫っていく。そうしてついに明らかとなった光文事件の真相とは。

もちろんこのレビューでネタバレなどという野暮なことはしない。興味を持たれた方はぜひ本著を手に取って読んでもらいたい。

……まぁちょこっとだけ書いてしまうと、猪瀬さんは森鴎外の墓などという、実に意外なところに着目するのである。

 

ノンフィクションの土台となる豊富な資料はもちろんのこと、本著は文体も非常に格調高い。

読了後、「ノンフィクション作家・猪瀬直樹」の底力をまざまざと見せつけられた思いがした。

猪瀬さん、いっそ東京都知事なんぞにならず、ずっと物書きの仕事に徹していたほうが、良かったのかもしれませんね。

 

天皇の影法師 (中公文庫)

天皇の影法師 (中公文庫)

 

 

2017年7月のまとめ

気候

暑い。

暑い暑い暑い。

この季節になるともう、つぶやくことは同じである。

暑い。

夏になると、僕は毎日のようにSNS上で「暑い」「暑い」とばかりつぶやいている。

僕は、夏が大嫌いだ。

毎年、春になって夏が一日ごとに近づいてくるたびに、憂鬱になるほどである。いやマジで。

はぁ~、ヤだなぁ、夏。

もう夏なんて、一日も早く終わってもらいたいよ、ホント。

 

政治・メディア

「皆さんは反日マスコミによって洗脳されています! さぁ! 早くネットに触れて、真実を知ってください!」

↑こう言う人たちのこういう発想を、俗に「マトリックス史観」とか呼ぶらしい。

僕は、以前はこういうタイプの人たちを内心、小馬鹿にしていた。「ケッ! ネットに触れたくらいで真実にアクセスできたら苦労しねェよ!」みたいな感じで。

ところが、今、巷をおおいに騒がせている「加計学園問題」ー実のところ「問題」でもなんでもないのだがーに限って言えば、実はこうした「マトリックス史観」は、正しいというほかないのである。

もちろん、ネットにもなにかと問題はあるだろう。だがそれ以上に、大手マスコミの偏向報道のほうが、あまりにもひどすぎるのだ。

加計学園問題」のキーマンともいうべき加戸守行・前愛媛県知事は、国会閉会中審査にて「youtubeがすべてを語りつくしている」と述べていた。これは、極めて象徴的な言葉である。

インターネットが、マスコミに勝利したのだ。

今回の「加計学園問題」に関して、僕は声を大にして、こう言いたい。

「皆さんはマス“ゴミ”によって洗脳されています。さぁ、早くネットに触れて、真実を知ってください」

 

物流

今月のある日のこと。帰宅したら、ポストのなかに不在連絡票が入っているではないか。
じつは、これより数日ほど前、ある商品をネットにて購入していたのである。

宅配業者さんには余計な手間をかけさせてしまって申し訳なかったな、と思ったが、致し方ない。
その商品をネット購入するにあたり、届く日や時間帯までは指定できなかったからだ。

午後6時前に携帯電話にて再配達を依頼した。
この時間帯での連絡だと、商品が届くのは最短でも当日午後8時から午後9時になるという。すこし遅い時間帯ではあるが、それで同意した。

ところが、宅配業者さんはその午後8時ではなく、どういうわけだか午後7時過ぎに来てしまったのだ!

この時間帯に来るとは予想していなかったから、僕の格好はトランクスにTシャツ姿という実にみっともないものであった(夏場はいつもこうだ)
着替える時間もないので、やむを得ず、恥を忍んで、下着姿で宅配業者さんに応対し、商品を受け取ったのだった。

…この業者さんが悪いというわけでは、無論ないだろう。
それだけ、今の宅配現場が混乱している、ということである。

混迷する宅配業界の現場を垣間見た気がした。

 

ライフスタイル

上の話の続きになるが。

宅配業者さんたちには悪いが、こちらとて独身の社会人として生活している以上、平日の昼間はどうしても留守にせざるを得ない。

思うに、現在の宅配システムは、専業主婦がつねに家のなかにいるという、今日においてはいささか古風なライフスタイルを前提としてはいないか。

だがすでに、都市部では僕のような一人暮らしの世帯も多いし、結婚しているにしても夫婦共働きの家庭もーむしろこちらのほうがー多いことだろう。

そうした新しいライフスタイルを送る世帯に、物流は対応できないものだろうか。

評論家の宇野常寛さんがよく指摘していることだが、今の日本社会は言うなれば昭和時代のOSをそのまま使用しており、そのアップデートがなされていないのである。

 

将棋

今月19日、将棋棋士藤井聡太四段が、15歳の誕生日を迎えた。

……そう、まだ“たったの”15歳なのだ! それなのに今や、将棋関連のまとめサイトは、この藤井四段の話題でもちきりである。

かつて、中原誠・十六世名人は将棋界の最高峰に長く君臨し、「棋界の太陽」とまで称されたものだが、藤井四段は弱冠中学生にしてすでに「棋界の太陽」となってしまった感がある。

さて、そんな藤井四段に今、強く期待されているのは、最年少タイトル記録の更新である。

現下、タイトル獲得の最年少記録は、屋敷伸之九段の18歳6カ月。現在15歳の藤井四段であれば、この記録を塗り替えることは十分に可能だ。

栄えある初タイトルへ向けて、頑張れ、藤井四段!

 

映画

今月もまた、例によって映画(DVD)を30本見た。

今月のベストはやはり、新海誠監督『君の名は。』だ。

新海監督特有のあの美しい風景描写はそのままに、過去の新海作品の欠点であった「童貞臭さ」「悪い意味での村上春樹の呪縛」から解放されていて、見ていてとても好感が持てた。

もっとも、新海作品のオールドファンたちは「新海は大衆迎合路線に転向した!」とかなんとか騒いでいるようである。

…僕にはいまいちピンとこない批判だ。大衆に迎合するのは、そんなにいけないことか。

例えば北野武監督は、『ソナチネ』『Dolls』など芸術性の高い作品を多く残している一方、『座頭市』のようなエンターテインメント色の強い娯楽映画もまた発表しているのだ。

僕にとって、『座頭市』は『ソナチネ』に次いで好きな北野作品である。

大衆に迎合することは、必ずしも悪いことではない。高度の娯楽性もまた、傑作の要素のひとつなのだ。

この他にも、今月見たなかで気に入った作品をいくつか挙げてみよう。

『カストラート』は18世紀ヨーロッパの習俗がよく再現されており、感心しながら見ていた。

『バニー・レークは行方不明』は先の展開がまったく見通せず、最後までハラハラしながら見た。サイコパスの兄がなんとも恐ろしい。やはり真に恐ろしいのは幽霊ではなく、生身の人間なのである。

『キャバレー』は、ヴァイマール共和国時代末期の、あの独特の退廃した雰囲気をよく描けている。ナチ青年をあえて美しく描いた点もよろしい。

『巨星ジーグフェルド』は戦前のモノクロ映画ながら、その豪奢な舞台装置に思わずため息が漏れた。

『アルジェの戦い』は、ラストでアルジェ市民たちが発する独特の「鬨の声」が今も脳裏に焼き付いている。

……一方、今月ワーストは『カラミティ・ジェーン』で決まりである。いやぁ、アレはひどかった…。

 

アニメ

アニメについては先日触れたばかりなので、ここではあまり繰り返さない。

今期は『NEW GAME!!』『異世界食堂』に特に注目している。

 

今月も、たくさん本を読んだ。

今月読んだ本のなかでベストを挙げるとすると…やはり、『アンベードカルの生涯』であろう。

…え、そんな本、まだブログで取り上げてないだろって?

うーん、鋭い(w

『アンベードカルの生涯』のレビューは8月の上旬あたりに公開する予定である。それまでどうか楽しみにしていてほしい。

内容を簡単に述べると、20世紀インドの政治家であるビームラーオ・アンベードカル(1891‐1956)の激動の生涯を描いた評伝である。

カースト最下層の不可触賤民の階級に生まれ、社会からの激烈な差別に苦しめられながらも、苦学して政治家となり、インド憲法の制定にもかかわったという大人物だ。

現下の日本の混迷ぶりを見ていると気力がそがれることが多いが、それをいうならアンベードカルが生きた当時のインドのほうが、もっと問題が山積していたはずである。

『アンベードカルの生涯』は我々に、困難ななかでもなお情熱を保ち続けることの大切さを教えてくれる、良書である。

この他、面白かった本に、『宮崎哲弥 仏教教理問答』がある。お茶の間でもおなじみ、評論家の宮崎哲弥さんが、5人の仏教者と対談するというもの。それぞれの仏教者たちはどれも強烈な個性を放っており、強く印象に残った。これから、彼らの単著も読んでみたい。

哲学者・仲正昌樹さんの『Nの肖像』もよかったし、評論家・山本七平さんの『現人神の創作者たち』『「空気」の研究』『日本はなぜ敗れるのか』もよかった(後ろ2冊のレビューは8月頭に公開します)

今の日本に最も求められているのは、やはり山本さんのような冷徹な日本社会分析だろう。

長谷川公昭さんの『世界ファシスト列伝』も面白かった。ファシズムが日独伊の枢軸三ヵ国だけでなく、当時世界中で大流行していた“最先端思想”だったということがよく分かった。

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2017年夏アニメ―7月までの感想

今日は例によって、この7月から始まった夏クール深夜アニメの感想を、ごくごく簡単に書いていくことにします。

 

・『Fate/Apocrypha

もはや国民的(?)深夜アニメシリーズへと成長した観のある、『Fate』。そのシリーズ最新作アニメが、この『Fate/Apocrypha』だ。

今回は従来の聖杯戦争とは異なり、計14体のサーヴァントが7対7の団体戦形式で戦うという新趣向。これまでの『Fate/stay night』および『Fate/zero』とはそもそもの世界線からして異なるようで、それゆえApocrypha外典と名付けられたのだろう。

Fate/zero』『Fate/stay night』はともにufotableが手掛けてきたけど、本作を担当するのは、A-1 Picturesufotableのほうは今、劇場版『Fate/stay night [Heaven's Feel]』で手一杯だからだろうね。

 

・『NEW GAME!!

女の子たちの何気ないキャッキャウフフ的コミュニケーションを描いた作品を専門的に載せている、雑誌「まんがタイムきらら」。今期の「まんがタイムきらら」枠アニメは、昨夏好評を博した『NEW GAME!』の2期である。

ゲーム制作会社を舞台に、女の子たちが働くことを通じて社会的自己実現を目指すという、本作。いうまでもなく、P.A.WORKSの十八番「お仕事シリーズ」の影響を受けていることは間違いないだろう。

奇しくも今期は、そのP.A.WORKSが「お仕事シリーズ」最新作たる『サクラクエスト』を制作している最中である。軍配が上がるのは、さてどちらかな?

(個人的には『NEW GAME!!』のほうが好きです)

 

・『魔法陣グルグル

まさか、2017年の今、このアニメと再会できるとは、思ってもみなかった。

かつて1994年にアニメ化されたことのあるギャグファンタジー『魔法陣グルグル』が、今回、デジタルアニメとしてリメイクされたのだ。

主人公・ニケを演じるのは、石上静香。僕が彼女の名前を知ったのは『四月は君の嘘』だったが、その存在を強く意識するようになったのは、『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』から。

30秒に1回くらいの頻度でハードな下ネタが投下されるこのアニメにおいて、石上は、聞いているこっちが恥ずかしくなりそうなHなセリフを平然としゃべっており、感心したのをよく覚えている。

ヒロイン・ククリが可愛い!

 

・『異世界食堂

……正直に白状すると、僕はドラゴンだのエルフだのが出てくる異世界ファンタジーが、どうにも性に合わない。だが、それにも例外がある。

ただのファンタジーではなく、“ひとひねり”くわえられたファンタジーの場合だ。

それは例えば、ファンタジー世界に突如として自衛隊が闖入してくるとか(『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』)、魔王が現代日本でふつうに労働者として働くとか(『はたらく魔王さま!』)いった作品群である。

本作もそのひとつ。異世界ファンタジーに、なんと“グルメ漫画”の要素が加えられた作品だ。

ファンタジー世界と不思議な扉でつながっている現代日本のレストランに、かの世界の住民たちが料理を食べにやってくる。彼らはオムライスなど、我々にとってはごく馴染みの料理に舌鼓を打つのだ。

主演は、諏訪部順一。だからか余計、“グルメ版『GATE』”という感じがしてしまう(w

 

・『サクラクエスト

P.A.WORKSお得意の「お仕事シリーズ」最新作。

過疎に悩む田舎の村を舞台に、5人のヒロインたちが町おこしに励む。

有頂天家族』が終わったので、今期のP.A.WORKS作品は本作のみとなった。春クールはどうしても『有頂天家族』のほうが“一軍”という印象があったので、夏クールは本作に全力投球してもらいたいな、と思う。

P.A.WORKSの2クール作品は、2クール目に入ると面白くなることが多いので、期待。

 

・『ボールルームへようこそ

ついに社交ダンスをテーマにした深夜アニメが登場した。

社交ダンスというとどうしても、周防正行監督『Shall we ダンス?』のイメージが強いせいか、「オジさん、オバさんがやるもの」という印象が強かった。が、本作では高校生が社交ダンスに青春の情熱を燃やすのだ。

手掛けるのは『ハイキュー‼』と同じく、Production I.G。今後の展開が、今から楽しみだ。

 

・『バチカン奇跡調査官

カトリック教会は、奇跡を非常に重んじる。それだけに、本当に奇跡なのか、本当に科学的な説明はできないのか、についてとても細かいところまで調査する。安直に「奇跡」を売りにする日本の新興宗教とは、その点が異なる。

本作はタイトルの通り、怪奇現象が奇跡か否かを調査するバチカンの調査官たちを主人公とする、ミステリーアニメである。

本作を見ていると、彼らが宗教者であるにもかかわらずー否、だからこそ、というべきかー非常に合理的、科学的な思考をする人たちだということがよく分かり、とても興味深い。

 

・『プリンセス・プリンシパル

19世紀の架空の国家・アルビオンを舞台に、美少女スパイたちの暗躍を描く。

見るからに深夜アニメ的な美少女キャラクターたちが多数登場するので、もうちょっと萌え萌えした感じの作品なのかな~と思っていたら、意外にも本格的にインテリジェンス(諜報活動)をやっていて、いささか驚いた次第(;^ω^)

個人的にはドロシーちゃんを推しています♪(おっぱいデカイし)

 

・『メイドインアビス

謎の巨大穴「アビス」を舞台に繰り広げられる冒険ファンタジー。

本作で最も特徴的なのは、『苺ましまろ』的な可愛らしいキャラクターデザイン。一見、冒険ファンタジーとしては不似合いにも思えるこの可愛いキャラクターたちが旅をするというのだから、気にならないはずがない。

まるでジブリ作品のような、美しく描きこまれた背景も、また印象的。なんだか『ラピュタ』を見ているかのようだ。バルス

 

・『終物語

本日最後にご紹介するのは、こちら。新房×シャフトの代表作たる『<物語>シリーズ』最新作だ。

…といっても、こちらは毎週放送ではなく、お盆の時期である8月12日、13日に連続放送されることが決まっている。

この放送スタイルのほうが『<物語>シリーズ』には向いているだろう。『<物語>シリーズ』の序盤は毎回、フランス映画的なまどろっこしい対話が延々と続けられるので、毎週1話の放送形式では序盤がぶっちゃけキツイからだ。