Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『禅の教え 生きるヒント33』

ここ最近、仏教に関する本を読んでこなかった。 そろそろ、体が水分を欲するように、心が仏教を欲するようになった。とりわけ、日本仏教のなかで最も原始仏教に近いとされる、禅の教えがほしくなってきた。 というわけで、本日取り上げる本は、ネルケ無方さ…

書評『「新自由主義」の妖怪』

今日でもそうだが、ひと昔前にはとりわけ広く使われた言葉に「新自由主義」(Neoliberalism)というものがある。 僕が政治運動にコミットしていた00年代後半では、「とりあえず最初に『新自由主義ハンターイ!』とさえ叫んでおけば、あとは何を言っても大丈夫…

書評『「おネエことば」論』

「~だわ」とか、「~かしら」みたいな、世間一般でいう「女ことば」が、当の女性たちの口から聞かれなくなってから、もうずいぶんと経つわね。 いまどき、こういう純粋な女ことばで話をするのは、アニメのキャラクターか、「おネエ」といわれるLGBTの人…

最近見た映画の感想(第291回)

・『カメラを止めるな!』 とある廃工場。どうやらゾンビ映画の撮影が行われているようだ。 監督からの厳しいダメ出しで主演女優がすっかり凹んでしまったため、撮影はいったん休止。その間、廃工場内では不思議な物音が相次ぐ。やがて工場内に、なんと、本…

書評『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』

日本を代表する歴史作家・司馬遼太郎(1923-1996)。 そんな司馬は、しかしながら僕のまわりではどうにも評判がよろしくない。僕の友人たち曰く 「あの司馬とかいうオッサン、なんでロクな史料も無しにあんなテキトーなことベラベラ書けるんや?」 「実際は…

書評『Bライフ』

僕は、『方丈記』の鴨長明にしばしば憧れる。彼は京を離れ、山のなかに小さな庵を編んで、そこで遁世生活を営んだのだった。 僕も、可能であれば彼のように暮らしたい。でも、中世ならいざ知らず、この現代で、はたして庵を編んで暮らすなんてことができるの…

最近見た映画の感想(第290回)

・『陽なたのアオシグレ』 本ブログでは先日、『屍者の帝国』『ハーモニー』というふたつのアニメ映画をご紹介した。 本作もまたアニメ映画である。といっても、上映時間わずか18分(!)という短編映画ではあるが(w 主人公の少年・陽向くんは、クラスメー…

書評『彼女たちの売春』

僕ら世代(1980年代前半生まれ)のなかで、論壇の交通整理役として活躍しているのが、評論家の荻上チキさんだ。 彼の、東大大学院修了という学歴、端正でスマートな佇まいに、思わず見とれてしまうという女性ファンも少なくないのではあるまいか? 無理もな…

書評『なぜいま人類史か』

昨日に引き続き、本日も評論家・渡辺京二さんの著作をご紹介するとしよう。 『なぜいま人類史か』(洋泉社)である。 本著と、昨日の『日本近世の起源』、そして一昨年取り上げた『神風連とその時代』『ドストエフスキイの政治思想』の四冊が、今日、洋泉社…

書評『日本近世の起源』

日本の歴史学者には、いまだにマルクス主義の影響を引きずった人たちが多い。 彼らはとかく「権力に抗う民衆」を称賛したがる。まるで、かつて学生運動に狂騒した自らの姿を彼らに重ね合わせるかのように。 本日取り上げる本は、『日本近世の起源 戦国乱世か…

書評『ゾンビ経済学』

本ブログではこれまで、政府の経済への関与を嫌う「新古典派経済学」と呼ばれる経済学の一派――世間一般でいうところの「新自由主義」のイメージに近い――を批判する経済書を複数取り上げてきた。 日本で「リフレ派」と呼ばれている経済学者たちの著作がそうで…

書評『山さ行がねが』

僕は、廃墟が大好きだ。 本ブログでも以前『廃墟探訪』という本を紹介したことがあるし、実際に都内の廃墟を見物に行ったこともある。 廃墟もいいが、廃道もこれまたよろしい(w)。廃道とは、道路としてはすでに廃止され、人が通らなくなってしまった道の…

最近見た映画の感想(第289回)

・『ダンケルク』 思えば僕は、これまでノルマンディー上陸作戦を描いた映画ばかり見てきたもので、第二次大戦で連合国軍が敗退する場面を映画で見た記憶が、あまりない。 そのせいか、本作にて英仏軍がドイツ軍によって撤退させられる様子を見るのは、僕に…

書評『魔術的ルネサンス』

本ブログでは先日、ゲルショム・ショーレムの『ユダヤ神秘主義』という本を取り上げたばかりである。 これは、僕の高校時代の愛読書、大瀧啓裕さんの『エヴァンゲリオンの夢 使徒進化論の幻影』にてユダヤ・キリスト教の神秘主義思想の入門書として挙げられ…

書評『八九六四』

これまで成長街道驀進中であった中国経済も、いよいよ本格的に赤信号がともりはじめた。 米国のトランプ政権との貿易戦争により、各種経済指標がきわめて悪化したものと推測されているのだ。 これまで「経済成長のためには政治的安定が必要だ」というので共…

書評『ひきこもらない』

「なるべく働かないで生きる」ことを日々模索し続け、自ら「ニートのプロ」(!)を名乗っているのが、ブロガーのpha(ファ)さんだ。本ブログでも以前、彼の著作『持たない幸福論』を取り上げたことがある。 本日ご紹介する本は、そんなphaさんによるエッセ…

書評『虚構内存在』

筒井康隆が日本を代表するSF作家のひとりであることは、論を俟たないだろう。 僕の周囲の知人たちのなかには「ツツイスト」(筒井ファン)が大勢いるし、本ブログでこれまで著作を取り上げてきた書き手たちのなかでも、たとえば安田峰俊さんはツツイストな…

書評『ユダヤ神秘主義』

僕は、ユダヤ教やキリスト教の神秘主義思想に、昔から関心がある。 僕ら世代ではわりとありきたりな話なので正直口にするのがやや恥ずかしいのだが(w)、きっかけはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』である。 周知のように、このアニメではユダヤ・キリス…

書評『日亜対訳クルアーン』

先日、『クルアーン入門』という書籍を皆さんにご紹介した。 僕は根が単純なものだから、この本を読んで「クルアーン、実際に読んでみたいなぁ……」と思うようになった。 そこで、実際に読んでみることにした(w 本日ご紹介する本はズバリ、『日亜対訳クルア…

最近見た映画の感想(第288回)

・『評決』 医療ミスを題材とした、ポール・ニューマン主演の法廷劇である。 ある女性患者が医療ミスとみられる事故で、植物状態となってしまった。大病院側は示談金20万ドル(!)を提示、貧困層である遺族側も一時はそれで妥協しようとする。だが、事故の…

2019年2月のまとめ

気候 今月は、温かかったり寒かったりと気温の変動が大きく、体調管理が大変であった。 下旬に入ってからは一挙に温かくなり、ほとんど「春」と呼んでも差し支えない陽気となった。それはありがたいのだが、困るのは花粉である。とにかく宙に舞うスギ花粉の…

最近見た映画の感想(第287回)

・『デッドプール』 セルフパロディができる制作会社は、強い。 僕が感心したのが、ディズニー映画『魔法にかけられて』。従来のディズニー映画をことごとくセルフパロディ化した同作を見て、僕はその懐の広さに「よっ、これぞ老舗!」と感動したものであっ…

書評『日本の軍歌』

評論家の西部邁さん(1939-2018)は、生前、「軍歌を歌えるのが本物の右翼。歌えないのはニセモノのウヨク」だと、よく言っていたという。 その話を耳にして、僕はすっかり困ってしまった。 僕は軍歌なんてこれっぽっちも興味がなかったからである。 興味が…

書評『十六の墓標』

連合赤軍事件のことをまったく知らないという若い人が、最近では珍しくなくなった。無理もない。もう半世紀近くも前の話なのだから。 同事件について知りたいという若い人には、僕は若松孝二監督の映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を勧めることに…

書評『商店街再生計画』

どこまで車を走らせても、目に映るのは同じ光景、同じチェーン店、同じ郊外型ショッピングモール…… 昨今の国道バイパス沿いにて広く見受けられるようになったこうした風景のことを、「ファスト風土」と呼ぶ。言うまでもなく、食べ物のファストフードをもじっ…

書評『クルアーン入門』

イスラームは、不思議だ。 イスラームに関する本を読んでいると、ぐいぐいと惹きつけられる。まるで、吸引力が落ちないただひとつの掃除機で吸われているかのような、なんとも不思議な感覚に陥るのである。 あぁ、なるほど、イスラームの過激思想にハマっち…

最近見た映画の感想(第286回)

・『トランセンデンス』 AI(人工知能)が人間の知性を超える歴史的転換点のことを「シンギュラリティ」と呼ぶ。本作は、そんなシンギュラリティをテーマとしたSF映画である。 ジョニー・デップ演じるAI研究者の主人公。優秀であったが、AI研究に反…

書評『天皇と東大』

本日ご紹介する本は、ノンフィクション作家・立花隆さんの『天皇と東大』(文藝春秋)である。 立花さんは大変に博識な人物として知られ、「知の巨人」とさえ称されている。本ブログでも以前、立花さんの『日本共産党の研究』という大著を取り上げたことがあ…

書評『<盗作>の文学史』

ある有名作家による“日本通史”が、ちかごろ話題をさらっている。 というのも、この“通史”、参考文献が一切記載されていないのだ。 それだけでも歴史書としては非常識であるが、そのうえこの“通史”、ネット上ではウィキペディアからのコピペ、すなわち盗作な…

書評『出口なお・王仁三郎』

僕が個人的に関心を寄せている戦前日本の超国家主義者ないしアジア主義者として、政治活動家の宮崎滔天と宗教家の出口王仁三郎のふたりを挙げることができる。 このふたりに共通する点――それは、男性であるにもかかわらず、なんらかのかたちで女性的部分をも…