Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

帝徳論とセカイ系

今日は、帝徳論の話をしようと思います。

 

…とはいっても、果たしてどれほどの読者さんが帝徳論をご存知でしょうか(^_^;)

もっとも、要点さえかいつまんで説明してしまえば、決してそう難しい話ではありません。

 

帝徳論とは、天皇(帝)に徳があれば国は平和になり、反対に徳がなければ国は乱れるという考え方です。

ネ、簡単でしょ?w

簡単だけれども、結構スゴイ話ですよね、コレ。なにせ日本社会のありようは天皇個人の内面によって規定される、と言っているわけですから。

たとえ現実政治が天皇でなく征夷大将軍ないし内閣総理大臣によって運営されているのだとしても―肝心の天皇は皇居の中に引きこもってるだけなのだとしても―とにかく天皇の心が落ち着いてさえいれば国も落ち着き、反対に天皇の心が乱れれば国も乱れるのです。

 

…と、ここまで書けば、サブカルチャー評論に詳しい方なら、思わずこう叫ぶことでしょう。

 

それ、セカイ系じゃん!

 

と。

 

セカイ系」とは、主人公の心のありようがそのまま世界の存亡に直結するという物語形式を指すサブカルチャー用語です。

セカイ系作品の例を一つ挙げるとするなら、かの悪名高き(w)宮崎吾朗監督作品『ゲド戦記』(06年)がちょうど良いでしょう。

 

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この作品では最終的に、主人公の少年が承認を獲得することで世界が守られます。これぞ、セカイ系

すると、上で述べた帝徳論はまさにセカイ系だということがお分かりいただけるでしょう。すなわち、天皇の内面がそのまま日本というセカイの運命と直結する

 

セカイ系という言葉が誕生し、普及したのは21世紀に入ってからのこと。しかしながら、我々日本人は遥か昔から、このテの発想に親しんできたのかもしれませんね。

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