Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

阪神淡路大震災から20年

(3.11が起こるまでは)戦後最大の地震災害だった阪神淡路大震災から、早いもので今日1月17日で丸20年となりました。

ということは、今の10代以下の子供たちは、あの震災をリアルタイムでは知らないということになります。

月日の経つ速さを、あらためて実感します。

 

今から20年前の1995年は、阪神淡路大震災にはじまり、一連のオウム真理教事件Windows 95発売、『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始など、エポックメイキングな出来事が次々と発生。まさに「ビッグイヤー」と呼ぶにふさわしい一年でした。

あのスゴすぎる年を、今の若いコたちはリアルタイムでは経験していないんですよね…

 

いけない、いけない。つい昭和生まれのオジサンのぼやきが出てしまいました。震災の話に戻ります。

 

1995年という年はまた、戦後50周年という節目の年にあたっていました。

当時私は小学生で、学校の図書室で東京大空襲の写真―一般市民の焼死体も多数含みます―を見てショックを受ける、という経験をしたばかりでした。

そんなさなかに起こったのが、阪神淡路大震災。神戸の中でも特に被害が甚大だった商店街は、まるで空襲直後の東京のような、あたり一面の焼け野原になってしまいました。

まだ小学生の私が、そのような光景を見て強いショックを受けたことはいうまでもありません。「あっ、平和なはずの現在でも、戦争のときみたいに焼け野原になっちゃうんだ…」と。

 

当時の私は東京大空襲の写真にショックを受けつつも、同時にそれは「戦時中」という遠い遠い昔(私にとっての非日常)の話だと思っていたのです。ところが今自分の生きている、平和なはずの平成の現代(私にとっての日常)に、ふたたび地獄のような光景が現出してしまった―そのことが、大変にショックだったのです。

 

普段は強固なように思える「日常」も、ひとたび大規模な自然災害などにみまわれれば、嘘のようにあっけなく吹き飛んでしまいます。

1984年生まれの私は、これまでの半生において何度かそういった経験をしてきました。それは今回とりあげた1995年であったり、9.11のあった2001年であったり、そして2011年であったりしました。

それらの経験については、また日を改めて書いていこうと思っています。

 

最後になりましたが、阪神淡路大震災で亡くなられた方々に、つつしんで哀悼の意を表します。