Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

楽しくデモをやるのはいいんだけどさぁ

なんでも聞くところによると、イスラム国に拉致された日本人人質の解放を求めるデモが首相官邸前で行われたのだそうです。

そこまで聞くとべつにフツーのように感じられますが、特筆すべきはそのデモ、「DISCO(ディスコ)化計画」と銘打って、DJまで登場して皆で歌ったり踊ったりして平和を訴えるというスタイルだったのです。

 

イスラム国による人質事件では、二人の人質のうち、湯川さんは殺害されたと公表され、後藤さんも未だに囚われの身となっています。

そのような緊迫した情勢の中で、歌って踊って平和を訴えるというこの「DISCO化計画」デモは、当然ながら強い批判の声にさらされることとなりました。ある意味では当然といえるでしょう。

 

ただ、私は「楽しくデモをやる」という発想それ自体は、必ずしも間違っていないと思っています。

左右を問わず、日本の活動家たちはわりと生真面目な人が多くて(!)、「楽しくデモをやる」という発想を「不真面目だ!」として嫌がることが、たいへんに多い。

 

でも、どうでしょう。右翼でも左翼でもないフツーの人たちにとっては、実際問題、楽しくなければデモに参加しようという気には、なかなかなりませんよね。

もしデモが楽しければ―たとえば「このデモに参加すると可愛い女の子たちとお友達になれるよ!」みたいな状態であれば、普段は政治のセの字も意識しない男子諸君も、喜んでデモに参加するのではないでしょうか。

 

私は、このように「楽しくデモをやる」という発想それ自体は、決して否定しません。むしろ評価しているほどです。しかしそこで大事なことが2点あります。

1点目は、まさに今回の人質問題のように、人の命がかかっている切実な問題においてこうした「楽しいデモ」をやると、どうしても不謹慎とのそしりを免れ得ないこと。

2点目は、デモである以上、社会を変えることを第一に考えるべきだということです。社会を現に変える力がなければ、そのデモは本当に参加者によるただの自己満足で終わってしまうのです。

 

今回の「DISCO化計画」デモは、この2点において問題がありました。すなわち

1.日本人2人が人質にとられ、そのうちの1人については殺害されたとの報道が出ている中で本当にやるべきだったのか

2.今回の問題においてカギを握っているのは日本政府でなくヨルダン政府である。我が国の首相官邸前でデモをやることに果たして意味はあったのか。ただの自己満足ではないのか

ということです。

繰り返しになりますが、私は「楽しくデモをやる」という発想それ自体は、決して否定しません。しかし、というか、だからこそ、そのデモを単なる不謹慎な自己満足で終わらせてはいけないと強く思うのです。