Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

問われる「幸せオーラ」の有無

昨日に引き続いて、非モテデモの話をしようと思う。

 

僕が思うに、革非同の人たちがぶっちゃけダメなのは(失敬!)、単に非モテルサンチマンを垂れ流しているだけで、彼らに「幸せオーラ」がないからだ。

幸せオーラ」とは何ぞや?

ここで僕は「官邸前DISCO化計画」の論考と同様、ゲイパレードを引き合いに出したい。

ゲイパレードが成功しているのは、それがゲイだけでなくノンケ(異性愛者)にも開かれたイベントであり、またそれに参加しているゲイたちがカッコいい存在であるからだ。

ここでいう「カッコいい」というのは、必ずしも目鼻立ちが整っているという意味ではない。彼らから「幸せオーラ」が発せられているということだ。

人間というのは不思議なもので、一日一日を楽しみながら生きている人間からは「幸せオーラ」が発せられ、それが周囲の人を惹きつける(からますます当人の毎日は楽しくなる)のだ。

反対に、モテないことを僻んでいる非モテの人間からは「負のオーラ」が発せられ、それが周囲の人を遠ざけてしまう(からますます当人は非モテのスパイラルへと落ちてゆく)。

言っちゃ悪いが、革非同の人たちからは「負のオーラ」を強く感じる。それが周囲の人々(特に女性!)を遠ざけてしまうのだろう。

 

自分で言うのもナンだが、僕は結構毎日を楽しんでいるほうである。twitterなどで気の合う仲間たちと政治の話をしていると楽しいと感じるし、同様にアニメを見ている時間も、ニコ生の将棋中継で羽生さんを応援している時間も、楽しいと感じる。

おそらく僕からは「幸せオーラ」が出ていることだろう。

そして、本来ならば僕のような人間こそが、我が国におけるバレンタインデーの慣行の打破を目指す「バレンタイン粉砕デモ」を主催するべきなのだと思う。

 

よーし、来年は俺が「バレンタイン粉砕デモ」を企画するかw