Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

『罪と罰』の魅力

最近、ドストエフスキーの『悪霊』を読んでいる。

僕はドストエフスキーの作品が好きで、『罪と罰』は何度か繰り返し読んだ経験がある。『悪霊』を読み終えたら、次はいよいよ最高傑作との呼び声高い『カラマーゾフの兄弟』に挑戦してみたい。

 

ドストエフスキーの作品―その中でも最も一般の人々への知名度が高いと思われる、『罪と罰』。その魅力は、一体どこにあるのだろう。

 

人間の本質をよく描けているから?

 

無論それもあるだろう。だが、純粋にエンターテインメント小説としてよくできているから、という点も大きいのではないだろうか。『罪と罰』は推理小説としても楽しめるのだ。

 

この点について考えるときに僕が想起するのは、映画『ダークナイト』だ。周知のようにこの映画は多くの批評家から絶賛され、ゼロ年代における米国映画の最高傑作の一つとされている。

ダークナイト』は何が素晴らしかったか。「社会の底が抜けた」ポストモダン状況をよく描けていたから? 

それももちろんあるだろう。だが、純粋に娯楽映画としてよくできていたから、という点が大きいのではないだろうか。

そのことは、『ダークナイト』とほぼ同時期に公開され、しかもよく似たテーマを扱った米国映画『ウォッチメン』と比較するとよく分かる。

はっきり言って、『ウォッチメン』は冗長なのだ(上映時間が2時間以上ある)。それと比べると『ダークナイト』は上映時間も(相対的に)コンパクトで、アクションなどの見せ場もたっぷりある。なによりジョーカー役のヒース・レジャーの熱演が素晴らしい。

ダークナイト』は、だから傑作映画としての評価を確立したのだと思う。

 

本当に傑作と称される作品は、小難しい理屈とはまた別に、優れた娯楽性をも有するものなのだ。

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