Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

生い立ちの記(第1回)

毎日ブログ記事を書いていたら、いよいよネタも尽きてきたのでw今日から新シリーズということで、僕のこれまでの半生を振り返った「生い立ちの記」を書くことにする。

 

昔、僕の通っていた小学校では、六年生は夏休みの課題として「生い立ちの記」を書くことになっていた。自分のこれまでの半生を原稿用紙にして大体50枚くらいの文量で書くという、小学生の宿題としてはなかなかにハードなものだった。

僕は子供のころ、文章を書くのが本当に本当に苦手で(w)、原稿用紙にしてたった1枚半の作文にすら四苦八苦していた。それだもんだから、何十枚も書かなければならない「生い立ちの記」なる恐ろしい課題を本当に提出できるのか、と戦々恐々としていたものだった…いやマジでw

ところがどっこい、なんという幸いか、僕の世代から「生い立ちの記」などという課題はなくなったのだ!

そうして僕は、長文を書くという経験のないまま大人になったのだった。僕が原稿用紙にして5枚程度の長文を毎日(!)書けるようになったのは、大学を卒業してから後のことである。

今ならば、「生い立ちの記」を書くことなど、なんの苦もない。

…いや、苦ならあるのだが、それは人生のつらい時期について書くという「苦」であって、長文を書けないという意味での「苦」ではないのだ。

今では長文を書くことなど、まったく苦にならない。原稿用紙に換算して100枚でも200枚でも、余裕で書くことができる(成長したなぁ…自分)。

 

というわけで、今日は第1回。あんまり奇をてらうのもアレだから、まずはオーソドックスに、僕が生まれた日のことから書くこととしよう。

僕は、1984年12月24日にこの世に生を受けた。

全体主義ディストピアを描いたジョージ・オーウェルの有名な小説『1984年』のタイトルとなった年だ。何とも因縁のある年に生まれたもんである。

12月24日という誕生日もまた、実に因縁のある日だ。

何がスゴいって、この日、天皇陛下(23日)とイエス・キリスト(25日)の間の誕生日なんだよね。

だから右翼の人に会ったら

「僕は天皇陛下と同じ誕生日だと怖れ多いので、遠慮して一日遅く生まれてきたのです」

と言い、キリスト教の人に会ったら

「僕はイエス・キリストと同じ誕生日だと怖れ多いので、遠慮して一日早く生まれてきたのです」

と言うことにしている。僕の定番ジョークの一つだ。

―え、何? 「アンタの生まれた時点(1984年)ではまだ今の天皇は皇太子だっただろ」って? アーアー聞こえない聞こえない(ふり)

 

というわけで僕は24日、クリスマスイブに生まれてきたわけだが、世間一般ではイブを省略して単に「誕生日はクリスマス」で通る。というか、日本ではイブこそクリスマス本番という感じがする。

クリスマスイブに生まれた宿命として、誕生日とクリスマスが必ず一緒に祝われる。

昔、テレビ番組にて、アイドルユニット「嵐」相葉雅紀さんが「一度でいいからクリスマス会とは別に誕生日会を祝ってほしい」と懇願していて、ああみんな同じなのかと思った。相葉さんも12月24日生まれである。

 

…とまぁ、まずはいろいろと書いてみたが、どうしても話がつい脱線してしまう。今日はこのへんでひとまず筆を置くこととしよう。

とにかく、1984年12月24日、僕はこの世に生まれたのであった。