Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

邦訳2種類を読み比べてみた

ドストエフスキー罪と罰』の二種類の和訳―江川卓訳(岩波文庫)亀山郁夫訳(光文社古典新訳文庫)を読み比べてみました。

 

「えっ、すっごーい! まるで別々の小説みたーい!!」というのは言い過ぎですが(w)、印象がかなり違って見えます。

 

全体的に亀山訳の方が、一つの文が短くなっていますし、主語が長くなりすぎないよう工夫されています。

江川訳では漢字で表記されている部分も、亀山訳ではひらがなで表記されていることが多い。

亀山訳が「読みやすさ」を重視したというのもうなづけます。

 

ただ、ネットを見ると、「亀山訳は誤訳が多い」という批判をよく目にします。

亀山訳は日本語としての読みやすさを重視するあまり、翻訳の精度は(あえて)落としてしまっているのかもしれません。

もっとも、僕はロシア文学(というかロシア語)の専門家ではないので、この件に関してこれ以上のことは言えませんが。

 

亀山訳では、登場人物のセリフも江川訳とは結構違っていて―主人公の友人・ラズミーヒンの一人称が「ぼく」から「おれ」に変わっている等―今どきの若者の話し言葉に近くなっています。

 

江川訳では、何かを罵倒する際に「**なんて、ぺっぺだ!」という言い回しがよく出てくるのですが、それも亀山訳では「**なんて、糞くらえだ!」になっていました。

 

若者の話し言葉としては亀山訳の方が自然なのだと思いますが、ただ僕は江川訳の「**なんて、ぺっぺだ!」という言い回しがなぜだか妙にツボにはまって(w)好きだったので、この点に関しては断固江川訳の方を推します! 亀山訳なんて、ぺっぺだ!