Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

生い立ちの記(第6回)

僕は1991年の4月に、静岡県沼津市内の小学校に入学した。

 

小学校入学とともに、僕をとりまく環境は激変した。

それまでは朝9時ごろまでに、家から徒歩3分程度の超近場の幼稚園に行けばよかったのだが、このたび入学した小学校は家から2km(!)も離れているので、朝6時台に起きなければいけない。

朝6時台というと、3学期(1月ころ)ではまだまだ暗い。周囲が暗いと、朝起きるのもつらくなる。

子供心に「あぁ、これが社会に出るということなのか」と思ったものだ(←違う)。

 

僕の通っていた小学校は、高台の上にあった。

もともと神社があったのを、神社を移転させて造った学校であるらしい。

最近、我が母校であるこの小学校の生徒数がどんどん増えていると聞かされた。

この少子化時代にもかかわらず、だ。

その原因は、津波

この小学校は海から比較的離れた距離にあり、しかも高台だから津波が来ても安全だ、というのである。

3.11後、沼津ではそれまでにも増して津波への危機意識が高まり、それが小学校の生徒数にもダイレクトに反映されているというわけだ。

 

さて、僕が入学した1991年といえば、ソ連が崩壊した年である。

当時の僕はまだ文字通りの意味で右も左も分からない年齢だったけど、世界地図の中でやたらバカデカくて強烈な存在感を放っていたソ連という国が地図の上からすっかり消えてなくなってしまったのを見て、子供心に「あぁ、大変なことが起こったんだなぁ」ということが分かった。

1990年前後は国際環境が激変した時期で、90年には東西ドイツが統一した。

僕は幼少のころから世界地図や地球儀が大好きで、冷戦終結直前に地球儀を買ってもらったのだけれど、残念なことにその地球儀は購入からわずか1年ですっかり時代に取り残されたお古になってしまった。

いまでも実家に置かれてある。

ユーラシア大陸のど真ん中にはハッキリと「ソビエト連邦」と書かれてあり、ドイツは東西で真っ二つ。

これはこれで、今見ると面白くて、なかなか価値があると思う。