Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第23回)

今回は最近(2010年代)の映画を中心に取り上げます。

 

・『ハンナ・アーレント

20世紀を代表する女性哲学者、ハンナ・アーレント。彼女が世に問うた「アイヒマン裁判」(後述)の記事が波紋を呼ぶさまを描いた作品。

1960年代、南米に逃亡していたナチスの残党のひとり、アドルフ・アイヒマンがモサドイスラエルの諜報機関)に身柄を拘束され、裁判にかけられた。いわゆる「アイヒマン裁判」である。

この裁判の様子を傍聴していたアーレントは、被告人アイヒマンは(開廷当初人々が想像したような)悪魔的な人物などではなく、むしろ極めて平凡な人間であり、それこそが問題である、と指摘する記事を発表した。

後に書籍『イェルサレムのアイヒマン』として出版されることになるこの記事は、しかしながら当時の人々から激しい非難をもって迎えられた。

なぜ彼女はそれほどまでに非難されなければならなかったのか。

アイヒマンの悪魔性を否定したことで、ナチスを擁護していると誤解されたということもある。しかしそれ以上に、彼女が告発した「凡庸な悪」がアイヒマン本人や、かつてナチスを支持したドイツ国民だけでなく、現代の米国人にも当てはまる(ことに当の米国人もうすうす感づいている)からではなかったか。

現に本作では、それまでアーレントのことをさんざん持ち上げていた連中が、記事の発表後、手のひらを返したように彼女を非難し出す様子が描かれている。

いつも周囲に流されてばかりいて自分の意見を持つことのないアイヒマン(や米国市民)の「凡庸な悪」が描かれば描かれるほど、それに抗いつづけるアーレントの姿が一種のオーラを帯びてくる。

 

まったくの余談だが、僕は当初、本作をアメリカ映画だと勘違いしていた。アメリカ映画にありがちな、(ドイツ語話者である)アーレントが当たり前のように英語のみを話すという演出でないので感心していたら、実は欧州諸国による合作映画だった。道理で…(^_^;)

 

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・『ゴーン・ガール』

ヒロインのサイコパスっぷりがただただ恐ろしい、D・フィンチャー監督作品。

ある日突然、妻が失踪した。警察から妻殺しの嫌疑をかけられながらも、妻に関する情報提供を呼びかける主人公の夫。しかしそれは知能犯の妻によるトンデモナイ陰謀の始まりにすぎなかった…

ついサイコパスのヒロインにばかり目がいってしまいがちだが、同時にメディアに翻弄され意見をコロコロ変える大衆の愚かさにも注目しなければならない(これは先ほど取り上げた『ハンナ・アーレント』にも通じる話だろう)。

そうした大衆社会の喧騒を、フィンチャー監督は実に冷静に、淡々と描いていく。

思うに、フィンチャーという人はどこか「脱社会的」というか、社会からフワフワ浮いている印象がある。一般の人が悲劇的だと感じる事柄も、必ずしも悲劇的とは受けとめないところがある(たとえば『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』において、主人公が悲惨なはずの境遇を実に淡々と受け入れるさまを見よ)。

本作は、そんな彼だからこそ生み出せた映画と言っていいだろう。

 

ゴーン・ガール (字幕版)

ゴーン・ガール (字幕版)

 

 

・『ストーカー』

はじめにことわっておくと、本作はサスペンス映画ではない

本作が公開されたのは、まだ日本語圏に「ストーカー」という言葉が根付く前のことである。本作ではストーカーとは、「ひそかに獲物を追うハンター」といった意味合いで使われている。

「ゾーン」と呼ばれる、謎の立ち入り禁止区域。そこを目指すという二人の男性。彼らはそれぞれあだ名を「教授」と「作家」といった。彼らをゾーンへとガイドするのが「ストーカー」たる主人公の任務だ。やがてゾーンへの侵入に成功した彼らであったが…。

…大まかにあらすじを説明するとこんな感じになるが、本作は極めて抽象的で、難しい作品だ。

本作において登場する「ゾーン」を、(本作公開後に原発事故が起きた)チェルノブイリを予言したものと指摘する人もいる。が、その解釈が「正解」なのかと言えば、なんとも言えない。

百人の観客に対し百通りの解釈を許容する―それが本作の魅力なのではないか。

 

 

・『KANO ~1931 海の向こうの甲子園~』

戦前の甲子園に出場した(当時まだ日本領であった)台湾の農業高校「嘉農」の快進撃を描いた台湾映画。実話である。

1929年、それまで一度も公式戦で勝った経験のない嘉農野球部に新たな監督が就任する。彼の下で徹底したスパルタ式訓練を受けた嘉農野球部は見違えるほど強くなり、ついに1931年、甲子園の土を踏むこととなる。日本人、台湾人、高砂族(台湾の先住民)によって構成される嘉農野球部に台湾中が、そして日本中がエールを送る。

多民族によって構成されるチームが快進撃を繰り広げるというストーリーは、C.イーストウッド監督『インビクタス/負けざる者たち』と共通するものだ(そしてどちらも実話という点でも共通している)が、本作はそうしたメインストーリーに加えてもう一つ、八田與一という実在の日本人技術者の活躍もサブストーリーとして描いている。

本作は、台湾で公開されるやいなや、社会現象と呼べるほどの大ヒットを記録した。本作の人気に便乗(?)して日本の甲子園への観光ツアーも組まれ、これまた大盛況だったという。

いかにも台湾らしいエピソードだなぁと思う。同じく日本の植民地であった韓国では、こういう映画をつくるのは無理だろうなぁ…