Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

元号と西暦

ご存知のように、この国では年を表記するにあたって、元号(和暦)と西暦とが併用されています。

どちらのほうがピンとくるかは、世代によって異なるでしょう。

 

先日、同世代の人たちと一緒に飲んでいたら、年号の話題になりました。

友人の男性が、今年(2015年)が平成27年でなく26年と勘違いしていたせいで、ちょっとしたアクシデントに見舞われたというのです。それから、「僕たち世代では、もはや西暦のほうがピンとくるよね」という話になりました。

 

こう言うと年配の(保守寄りの)方は目くじらを立てるかもしれませんが、正直そうなのです。

いや、我々若い世代だけじゃない。もっと年配の世代でも「昭和のころは元号のほうがピンときてたけど、平成に改元されてからは逆に西暦のほうがピンとくるようになった」という人は結構多いのです(たとえば僕の母)。

 

もう、これからの日本は、西暦でいいのではないでしょうか。

西暦のほうが計算も圧倒的に便利ですしね(たとえば「昭和60年の十年後は?」と訊かれて「平成7年!」と即答できる人がどれだけいるでしょうか)。

 

誤解なきよう。なにも「元号を廃止しろ!」と言っているのではありません。

現在でも、若い人たちの間で「あなたは昭和生まれ? 平成生まれ?」という話題が頻繁にのぼることから明らかなように、元号は日本社会において大きなプレゼンスを有しています。

僕が言いたいのは、せめてお役所の公文書は西暦に切り替えたほうがいいのでは、ということです。

公文書で元号を用いるのは、宮内庁くらいで良いのではないでしょうか。

これはあくまでお役所の話なので、神社本庁などの宗教組織や保守派の学者、評論家などはこれまでどおり元号を用いればよいのです。

年賀状も、まだ和暦で書く方が多いかと思います。これも、これまでどおりでいい。

 

不可逆的に西暦にシフトしつつある現代日本社会において、伝統文化である和暦もこうやってサバイブできるかたちが理想的だと思います。

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