Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

宇野さんについて語るときに僕の語ること

ここ最近、評論家・宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』(早川書房)を読みなおしているところです。

本著における彼の東浩紀(のセカイ系擁護論)批判は実に鮮やかで、何度読んでも感心してしまいます。


宇野さんの文章は非常に論理的で分かりやすいところに、その特色があります。
「賛成する/しない」とは別に、「分かりやすい」のです。

 

僕は、「グローバル時代の今日においてはもはや国民国家を一つの疑似(男性)人格にたとえるのはナンセンス」だとする宇野さんの国民国家観に必ずしも同意するものではありませんし、彼が熱心にコミットしているAKBにも、なぁーんの興味もございませんw

それでも「良いなぁ」と思うのは、「彼の意見のここまでは同意できる。そこから先はちょっと…」ときちんと頭の中で整理できることです。

 

…ここでは名前を出すのは控えますが、宇野さんとほぼ同世代のある社会学者の論客は正直あまり文章が明晰ではなく、「賛成する/しない」以前にそもそも何を主張したいのか分からないということが多い。

これではやはり良くないだろう、と思うのです。やはり物書きたるもの、文章が論理的でないといけませんね。

 

…僕もエラそうなこと言えませんが(^_^;)