Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『冥王星を殺したのは私です』

探査機ニューホライズンズが今年7月、冥王星の鮮明な画像を地上に送ってきたのは、まだまだ記憶に新しいところ。

冥王星の画像には大きなハートマークが写し出されていて、それを見た僕は、1989年にはじめて海王星大暗斑を見たときの感動を思い出した。

当時の僕は宇宙大好き少年で、幼稚園児のころにはすでに太陽系の9つ(当時)の惑星の名前をすべて言うことができた。海王星を特集した科学番組があれば母に頼んで録画してもらって、それを食い入るように見ていたのを覚えている。

 

で、今日はその海王星…じゃなかった、冥王星のお話。

 

冥王星を殺したのは私です』(飛鳥新社)という本を興味ぶかく読みおえたところだ。

著者は、2006年の冥王星「格下げ」の原因となった、準惑星エリスを発見したことで知られる天文学者マイク・ブラウン氏。

読んでいてとてもおどろいたことには、このブラウン氏、とっても文才がある。

学者というのは、文才が豊かな人と残念な人との二極分化がかなりはげしく(※僕の個人的な印象)、とりわけ理系の学者というのはその残念な人たちの部類に属すことが多いのだが、このブラウン氏は例外的に文才があるのだ。

 

のちに「エリス」と名付けられることになる準惑星を発見するまでのいきさつを、そして新天体探索の過程で起こった醜悪なトラブルの顛末を、彼はスリルとユーモアをたっぷりとまじえて語る。

 

そう、本著を読んでいてもっとも驚いたのが、そのトラブルの話―より具体的にいえば、ブラウン氏をネット上でもリアルでも苦しめた「アンチ」の粘着ぶりについてだ。

ブラウン氏がカイパーベルト天体における第一人者として有名になるにつれて、ネット上のチャットサイトで彼を中傷する人間たち―すなわち「アンチ」が集まるようになった。

「あぁ、ちょっと有名になるとネット掲示板などでアンチが湧くのはどこの国でも同じなんだなァ…」と思いつつページをめくっていたところ、なんとそのアンチの一人であったスペインのある天文学者がブラウン氏らの観測データを勝手に盗み見、それをあたかも自らの手柄であるかのように公表してしまったというではないか!

「なんと! こりゃあ2chのアンチスレで『逝ってよし』『オマエモナー』(※いずれも死語)なんて煽りあってるのとは次元がちげーぞ(;´Д`) 粘着アンチとはかくも恐ろしい生き物なのか…」と、読んでいて思わず背筋が寒くなったのだった。 

 

冥王星に住んでるわけでもないのにあんまり寒くなるのもナンだから、話題を変えることとしよう。

本著を読んでいてもう一つ(こちらはいい意味で)驚いたのは、天体の命名に際しては一種の“詩情”が求められるということだ。

ブラウン氏は自らの発見した準惑星に、「エリス」という名を与えた。これはギリシャ神話に登場する、争いと不和の女神の名にちなむという。なんでよりにもよってこんな縁起の悪い神様の名前がついたのかといえば、それはこの星が見つかったことで惑星の定義をめぐって混乱が起こり、最終的に冥王星が惑星から除外されるという結果―まさに争いと不和!―を招いたからだという。なんと絶妙なネーミングセンスだろう!

そんなエリスが一個だけもっている衛星についても、彼のネーミングセンスは実に冴えている。彼は、冥王星の衛星カロン(Charon)が命名された際の“ある規則”を踏襲するかたちで、エリスの衛星に「ディスノミア」(Dysnomia)という名前をつけた。なぜディスノミアでなければならなかったか。これについてはヒ・ミ・ツ♪…ということでぜひ本著を読んでたしかめてみてくださいw

 

世の中にはどうしても「理系人間は人間じゃない」とか「しょせん彼らは人の心が分からない」といった偏見が根強くあるが、とんでもない。

理系人間は―ブラウン氏はじめカイパーベルト天体の発見に功績のある天文学者たちは「人間」なのだ。良くも悪くも。

 

冥王星を殺したのは私です (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)

冥王星を殺したのは私です (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)

 

 

この本もオススメ! BOOK GUIDE

・『かくして冥王星は降格された 太陽系第9番惑星をめぐる大論争のすべて』(早川書房

著者ニール・ドグラース・タイソン氏はかつて、ニューヨークのプラネタリウムの館長として館の改修にあたった際、冥王星の模型を他の8つの惑星のそれとは分けて展示したことで物議をかもした経緯がある(当時、冥王星はまだ惑星とされていた)。

全編にわたって、彼のチクチクとしたシニカルな文体が魅力的。

冥王星の「格下げ」を皮肉った風刺画や、「格下げ」に抗議する天文ファンからの手紙なども多数収録されていて面白い。

 

・『新書で入門 新しい太陽系』(新潮新書

著者の渡部潤一氏は日本を代表する天文学者国立天文台副台長)で、06年には国際天文学連合「惑星定義委員会」の委員となり、なんと冥王星の惑星からの除外を決定した最終メンバーの一人となったというスゴイ人である!

(※上に掲げたタイソン氏の著書のなかに、惑星定義委員会の7人のメンバーのうつった写真があり、そのなかに渡部氏の姿もある)

本著は太陽系の天体にかんする(刊行当時の)最先端の知見が丁寧に説明されており、入門書としては最適といえる。のだが…ブラウン氏のスリルやユーモアをまじえた文体やタイソン氏のシニカルな文体と比べると、なんというか、文体の「テンションの低さ」がやや気にはなる(^_^;)