Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

現代の万年筆? パソコンの変換機能

11月中はあまりブログ更新ができず、もうしわけありませんでした。

実をいうと、それまで愛用していたパソコンがこの秋ついにオシャカになってしまい、そのせいで記事の更新ができずにいたのです(スマホだと長文打つのメンドいし…

で、11月末になってようやく新しいパソコンを入手し、それまで滞っていた映画評をさっそく怒涛のように更新したのでした(それが先日までの記事です)。

 

さて、新しいパソコンを入手したのはいいものの、やはり今までの愛用の品とは勝手が違うので―そもそもOSからして異なる―困惑させられることが多々あります^^;

一番戸惑うのが、変換機能。
これは、使えば使うほどなじんできますからね。
「せいこう」という言葉を例に挙げてみましょうか。ユーザーによって、「成功」のほうをよく使うという人と、「性交」のほうをよく使うという人に分かれます(僕は…もちろん後者のほうですねw)
ずっと使っていれば、変換機能のほうがその人の傾向に合わせてくれるようになります。すなわち、僕の場合であれば、「かれはせいこうした」という一文をすぐさま「彼は性交した」に変換してくれるw 

なじんでくるんですね。

 

これって実は、万年筆と同じことなんです。
 昔は「万年筆を人に貸すな」とよく言われました。
 万年筆の先端は、使う人の筆圧などのクセによって、微妙に形が変わるからです。ですから、ほかの人が使ってもうまく書けないし、無理して使うと万年筆のほうにも変なクセがついてしまう恐れがある。

… 今や万年筆を使う機会などすっかりなくなってしまいました。

しかし技術が進歩すれば、“いろいろな意味で”新しいモノが従来のモノにとってかわるのです。

ある意味、パソコンの変換機能こそ「現代の万年筆」といえるのでは、と思います。