Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

2015年を振り返る

月日が経つのは、本当に早いものですね …というとなんだかジジくさいかな(w

2015年が始まって「おおっ、ついにエヴァンゲリオンイヤー到来!」と騒いでいたのが、つい昨日かおとといのことのようです。

早いもので、今年もあと数日ほどで終わりとなります。というわけで、今日は本年2015年を振り返って、自分にとって重大だったニュース、印象に残ったニュースを挙げていくこととします。

 

・ISによる日本人人質事件

今年1月、IS(いわゆる「イスラム国」)によって日本人2人が人質となる事件が発生しました。政府関係者の尽力もむなしく、2人は殺害されてしまいました。

この事件で、10年ほど前にやはり日本人人質事件によって巻き起こった、いわゆる「自己責任」論争がさほど盛り上がらなかった点には―不謹慎ながら―少々ホッとしました。

僕としてはむしろ、ふだん「平和国家・日本」を旗印にかかげながら、テロリストの要求に屈しろと言わんばかりだった―そう言うと彼らは反発するでしょうが、実際そうとしか言いようがない―サヨクの欺瞞こそが気になりました。

要約すれば「日本だけが平和であればそれでいい、中東がどうなろうが日本はコミットメントをやめるべきだ」というのが、彼らの言い分です。

ふざけるなと言いたい。

僕は、日本は大国だと思っています。でもこれは、昨今のテレビ番組にありがちな「日本は素晴らしい!外国人もみな日本を称賛しています!」的な安直な日本礼賛ではありません。日本は大国だからこそ、国際社会において果たすべき責務がある。ところが今の日本は自らを大国だと自覚していないがゆえに、本来果たすべき責務を果たそうとしていない。それこそが問題なのだ―僕はそう考えています。

この時期のイスラーム関連の話題としてはもう一つ、1月の頭に起こったシャルリー・エブド襲撃事件が挙げられますが、それは後ほど、今秋起こったパリ同時多発テロとともに取り上げます。

 

・安保法制

今年の夏、日本は安保法制ーいわゆる「戦争法制」の話題一色となりました。

僕の個人的な意見を述べさせてもらうと、僕は安保法制に賛成です。憲法学者が反対するのも、理解できないわけではないのですが、日本の安全保障にとってやはり本法制は必要なものだと考えていますし、それを実現させた安倍首相はよくやったと言っていいと思っています。

しかしサヨクの人たちはこれに反対して、国会前でデモ活動をやるなどしました。まさにそんな中で誕生したのが学生運動団体・SEALDs(シールズ)です。それを見てサヨクたちは「おおっ、やっと若者たちが政治に関心を持ち始めた!」と絶賛する。

でも僕は、SEALDsや、「安倍など人間でない!たたき切ってやる!」と騒いでいた某氏も含めサヨクの人々は、ぶっちゃけただのラウド・マイノリティー(声がうるさい少数派)にすぎなかったと考えています。

それでは大多数の国民は安保法制に賛成だったのか。…そうではない。ぶっちゃけ無関心だったでしょうね。よく誤解されることですが、「反対」と「無関心」とでは雲泥の差、全く違うのです。

 

・探査機「ニュー・ホライズンズ」、冥王星のフライバイ探査に成功

政治クラスタにとっては「はぁ?」という話題でしょうけど(w)、実をいうと個人的に今年もっとも印象に残ったニュースが、コレ(w

僕は昔、宇宙が好きな少年でした。1989年、まだ僕が5歳の子供だったころ、惑星探査機「ボイジャー2号」が海王星のフライバイ探査(付近を通過しての観測)に成功しました。そうして初めて地上に届けられた海王星大暗斑の画像を見たときの感動は、今でもよく覚えています。

今回、ニューホライズンズから届けられた、冥王星のあの愛らしい(!)ハートマーク型の地形の画像を見て、海王星の大暗斑を見たときの感動をひさかたぶりに思いだしたのでした。

だいたい、前人未踏の謎の準惑星の表面がよりにもよってハートマークだったとは、それこそ我々人類のハートをがっちりとらえて、完璧なつかみだったじゃないですかぁ(w 

それ以来、僕は天文学を勉強しなおすことを決意。そうして、この学問が21世紀に入ってから飛躍的に進展していたことに驚かされたのでした。え、クワオワーって何?マケマケって何?

 

ラグビー日本代表、南アフリカに勝利

最初に断わっておくと、僕はラグビーにはまったく関心がありません。

「ありません」と現在形で書いているということは、ラグビー日本代表が南アフリカ代表に歴史的な勝利をおさめた後も、あいかわらず関心がないということです。

じゃあなんでこのニュースを取り上げたのかというと、彼ら日本代表が多人種・多国籍のチームであったからです。海外出身の選手が多く、日本国籍すら持たない選手もいる。そんな彼らを、マスコミは、そして日本社会は「日本の英雄」として称賛した。

そうした社会学的事実が、僕には何よりも興味深かったのです。

 

イスラーム過激派によるパリ同時多発テロ

やはり今年はイスラーム。この一言に尽きます。上ですこしだけ触れたシャルリー・エブドの件もそうでしたが、2015年、フランスは、そして欧州全体がイスラームによって強くゆさぶられた一年でした。

もっとも、ISはじめイスラーム過激派の気持ちも、まったく理解できないわけではありません(なんて書くと物騒かしら)。僕自身、もしイスラーム圏に生まれていたらやはり(穏健な)イスラーム主義者になっていただろうな、と思うほどですから。

それでもやはり、イスラーム圏も<近代>に適応すべきだと思います―たとえそれが彼らの目には堕落したものに映るのだとしても。

我々は欧米中心の<近代>に抗う必要がある。だがそのためにはむしろ、あえて<近代>を(部分的にであれ)受け入れる必要がある―これが、戦前日本の亜細亜主義者たちが考えていたことでした。こうした彼らの考えを、もっとイスラーム圏に紹介できたら…と最近よく思います。

そうそう、年明けにでも、都内のやや規模の大きいモスクに行ってみようと思っています。