Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第66回)

いままではひとつの記事につき4~6本くらい映画を取り上げてきましたが、今回は特別編(!)ということで、細田守監督の最新作バケモノの子を―過去の細田作品を振り返りつつ―取り上げます。ネタバレを含みますので未見の方はご注意ください。

 

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アニメ監督・細田守の名を世に知らしめたのは、なんといっても『時をかける少女』だろう。

いわずとしれた筒井康隆の小説が原作。80年代には大林宣彦監督の手で実写映画化され、大ヒットを記録した。それを今度はアニメ映画にする、しかも原作の主人公の姪を新たな主人公に据える、というのだから、当初は「コケるに決まっている」と散々な言われようだった。

ところがどっこい、フタを開けてみたら文句なしの大傑作! 細田監督は一躍アニメ界の期待の新星となったのだった。

彼の次の作品『サマーウォーズ』は、しかしながら個人的にはイマイチな出来だった。地方の農村に住む大家族の話なのだが、田舎の人間関係に特有のドロドロ感が描けておらず、しょせんは都会に住む(左派)インテリが抱きがちな、美化された農村のイメージから脱し切れていないと感じた(同じような農村幻想は宮崎駿監督にも見られる)。

その次の『おおかみこどもの雨と雪』は、賛否両論あったけれど、個人的には結構良かったと思っている。少なくとも『サマーウォーズ』よりかはずっと良い。

この作品を一言でまとめると「男は去り、女は残る」となる。母と娘は「今ここ」(人間界)にとどまり、父と息子は「ここではないどこか」(死、大自然)へと旅立つ。冒頭で父親の狼男が唐突に死ぬことについては、「意味が分からない」「大自然で育った狼男があんなにもあっけなく死ぬなんておかしい」という声をよく聞くけど、本作は「(女の目から見て)男がいかに非合理的な生き物で、いかに理不尽な理由で女の前から消えてしまうか」を描いているのだから、あれでいいのである。

…と、ずいぶんと前置きが長くなってしまったが(w)、ようやく本題の『バケモノの子』の話にうつります。

 

・『バケモノの子』

本作は、渋谷を舞台とした物語である。

というわけで、公開当時、渋谷ではいたるところに巨大ポスターが掲げられるなど、かなり大々的に宣伝されていた。

どうしてそれを知っているかというと、僕の職場が渋谷にあるからである。僕にとって渋谷とは、いつも通勤する馴染みのある街。なので、本作でおそろしいほどにリアルに描かれる渋谷の街を見ていると、それだけでもうお腹いっぱい。とくに、僕が昼休みに時間をつぶすために立ち寄る渋谷区立渋谷図書館が出てきたときには、感動すら覚えた。

ファンタジー作品である本作では、リアル世界の渋谷のほかにもうひとつ、「渋天街」という異世界の街が登場する。この街は、アラブ世界を基調としつつ、そこに中華世界の要素を加えたような感じで、なかなか魅力的に描かれている。

この渋天街、なんでも地形がリアルの渋谷と一致するように描かれているのだそうだ。そしておそらくは道路の形も、リアルの渋谷と一致している。主人公たちが暮らす家の付近にある坂は、その形状からしてリアル渋谷のスペイン坂に対応するものだろう(たぶん)。

そして、ココ結構重要だと思うのだが、リアルの渋谷と渋天街とは自由に行き来できるのだ。ファンタジー作品にありがちな、「一度行ったら、もう現実には戻れない」とか「一度現実に戻ったら、もう二度と行けない」とかいうのとは違う。リアル渋谷のビルのはざまに空間の境目があって、そこを通って両世界を自由に往来できる。

これらの設定のどこが良いのかというとつまり、渋天街はリアル渋谷と隔絶した「ここではないどこか」ではなく、リアル渋谷と地続きの「今ここ」の延長であるということだ。本作に限らず、近年の優れた作品には、「ここではないどこか」を否定するものが多い(たとえば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』がそうだ)

 

…とまぁ、ここまでは良かったのだ。うん。問題はここから先。

率直に言って、本作は脚本に難があるように思えてならない。

ここからはネタバレになってしまうので未見の方は読み飛ばして構わない。クライマックス、主人公の育ての父であるバケモノの熊徹(CV:役所広司は、ついにバケモノとしての身体を喪失してしまう。ちょうどTV版『魔法少女 まどか☆マギカ』で、主人公まどかが人間としての身体を喪失してしまうのと同じように。で、身体を喪失して何になったかというと、主人公の剣となってしまうのだ。主人公は剣となった熊徹を使い、ラスボスを打ち倒す。

このラスト、物語の核心となる極めて重要なシーンのはずなのだが、率直に言って、意味が分からない(^_^;) 

熊徹がバケモノの身体のまま主人公に助太刀し、力を合わせてラスボスを倒す、という展開ではどうして駄目なのだろう。物語前半の主人公の修行シーンでは、主人公と熊徹がぴったりと息の合った動きを見せる様子が、これでもか、というほどに描かれていたのに!

あるいはいっそ、渋天街からバケモノの仲間たちが応援のため次々とリアル渋谷に駆けつけてくる、という展開にしても面白かったかもしれない。主人公とラスボスが戦うのは、代々木公園の付近。ちょうどNHKも近くにあることだし、報道陣が駆けつけて戦いの模様を生中継するのだ。

異世界の存在は広く日本国民に知れ渡ることとなり、国際観光地SHIBUYAは異世界への窓口としてますます繁栄を遂げる。かくして人間とバケモノが共存する社会が訪れましたとさ。めでたしめでたし♪

…と、こういう展開にしたほうが、上述の「ここではないどこか」ではない、「今ここ」の延長としての渋天街という設定が生きてきたように思う。

 

その他にダメな点を挙げると…まぁこれは業界特有の「オトナの事情」というヤツで仕方ないことだとは思うが、どうして本業の声優を起用しないかなぁということ。

主人公の染谷将太、ヒロインの広瀬すずは、頑張っているというのは伝わってくるんだけど、いかんせんラスボス役のご本職・宮野真守の演技がうますぎるせいで、どうしても(相対的な意味での)下手さが露呈してしまう。

一般俳優さんの名誉を守るためにも、アニメでは本業の声優さんを起用すべし! ただし一般俳優陣のなかでも大泉洋の演技はなかなかうまくて感心してしまった(「爆笑問題」の田中や「雨上がり決死隊」の宮迫もそうだったが、お笑い畑の人のほうが声優やらせるとうまい気がする)

 

 

…というわけで、全体的な評価は「まぁまぁかなぁ」という感じ。『おおかみこども』と比べると劣るけど『サマーウォーズ』よりかは良かった、というのが僕の感想です。

まぁ、細田監督の場合、『時をかける少女』があまりに良すぎたものだから、新作を発表するたびにどうしても『時かけ』と比較されてしまって、そういう意味ではお気の毒様ですね(^_^;)

細田監督の次回作に期待しています。

 

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