Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

ひさしぶりに『四月は君の嘘』を見た

ひさしぶりにアニメ『四月は君の嘘』(以下、『君嘘』)を、第1話から最終話まで全話見直してみた。

『君嘘』は、フジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」にて14年10月から15年3月まで放送されていたアニメ。その高いクオリティーから、国内はもちろんのこと海外のアニメファンからも強く支持されている作品だ。

 

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で、今回見直してみて、思ったことを以下に箇条書き

 

・脇役キャラたちの存在感が大きいね

昨年見たときにはどうしても、主人公のピアニスト・有馬公生くんと、メインヒロインのバイオリニスト・宮園かをりちゃんの二人の関係性にばかり目が行きがちだった。

でも今回見直してみて、その他のキャラクターたち―とりわけ公生くんのライバルである相座武士くん、井川絵見ちゃんの存在感が結構大きかったんだなー、と再確認させられた。彼らのおかげで本作に少年漫画的な「燃え」(萌えにあらず)の要素が加えられた。

もう一人のヒロイン・幼馴染の澤部椿ちゃんも良い。「あ~そうそう、リアルの10代女子って、こんなだよな~」って感じの女の子。オタクはこういう子ニガテだろうけど(^_^;)、こういう子がいてくれることで、『君嘘』はコアな(男性)アニメファンだけでなく、普段あまりアニメを見ない女性層にもアピールできるようになった。

『君嘘』みたいなタッチの作品は往々にして、主人公とヒロインの二人だけで作中世界が完結しちゃうってパターンがよくあるんだけど―そういう作品をセカイ系と呼ぶ―『君嘘』では、上述の武士くん、絵見ちゃんや椿ちゃんたちのおかげで、作中世界がより重層的で豊かなものになっている。

 

・練馬は「日本の原風景」

『君嘘』では「カラフル」という言葉が多用される。それまでモノトーンだった世界が(ヒロインとの出会いで)カラフルに染まる、といった具合に。

そんなわけでこのアニメでは、舞台となっている東京・練馬の街が、それこそカラフルに描かれている。

それで思うのだけど、本作を見た海外の多くのアニメファンは、練馬こそ「日本の原風景」だと感じるんじゃないかな。

「日本の原風景」なんて言うと、僕たちはすぐ農村だとか昭和30年代の街並みだとかをイメージしちゃうけど、たぶんそういう想像力は、もう古い。

現代における本当の「日本の原風景」って、僕は『君嘘』で描かれた練馬の街なんだと思う。

 

・「日本的なるもの」を描けている

何を大仰なと思われるかもしれないけど(^_^;)、『君嘘』を見ていると―もちろんスタッフは意図してないだろうけど―「日本的なるもの」を強く感じる。

作中世界における、四季の移ろいの色鮮やかさ。

四月に咲く桜の花の美しさと、儚さ。

四月を迎えるたびに一年がリセットされるという感性。

ここでみなさんに問いかけたい。「日本の美」とか「日本人と桜」といったテーマをアニメで表現するには、どうすればいいだろう。

…なんだかチャ○ネル桜あたりが戦時中の日本を舞台にしためっちゃ国粋主義的なアニメを作りそうだけど(w)、べつに右翼的なアニメなんて作る必要はないんだ。

いうまでもなく 『君嘘』は、そういった(狭義の)政治性とは無縁の作品。

だけど、逆説的な話になるけど、(狭義の)政治性がない作品だからこそむしろ、本当の意味での「日本的なるもの」という(広義の)政治性がはっきりと刻印されるんだと僕は思っている。

僕は胸を張って、『君嘘』を誇るべき日本文化として世界の人々に紹介したい。