Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

僕が『テラフォーマーズ』がキライなわけ

先日は、2016年春アニメの、現時点での感想を書いた。

実は、今期の話題作のなかでひとつ、意図的にラインナップから除いたものがある。おそらく多くの人は、先日の記事を読んでこう思ったはずだ。

「あれ、古澤さんは『テラフォーマーズ』2期、見てないのかな?」

…1期は一応最後まで見たし、2期も3話までは見ていたんだ。でも、「もう、いいか」と思って、切ってしまった。

 

テラフォーマーズ』、僕が見ていてどうしても不満を感じるのは、27世紀の世界が舞台のはずなのに、テラフォーミングされた火星を除けば、風景が僕たちの暮らす21世紀のそれと、ちっとも変わってない、ということだ。

登場キャラクターたちの出身国も、これまた今日のそれとちっとも変わってない。日本、アメリカ、中国、ロシア、ドイツ…。

そしてこの世界ではどうやら(とても残念なことに)アメリカ合衆国がいまだに超大国ヅラして幅を利かせているようだ。

でも、どうだろう。今から6世紀後の世界に、はたしてアメリカ合衆国なる国家が、本当に存続しているものなのかな?

 

今から6世紀前、15世紀の世界を見てみよう。

その当時の世界には、神聖ローマ帝国があった。東ローマ帝国もまだあった。アジアには明帝国があって、ティムール帝国があった。アフリカにはソンガイ帝国というのがあって、新大陸ではアステカ、インカ両帝国がいまだ健在だった。

…これらの国のなかで、現在まで存続しているものはひとつもない。

アメリカ合衆国もそうならないと、どうして言い切れるだろう。東ローマ帝国第2千年紀のなかば、その1000年の歴史に終止符を打たれたように、アメリカ合衆国もまた第3千年紀のなかば、その1000年にも満たない歴史に終止符を打たれる―それは、十分に考えられるシナリオだ。

27世紀にもなって、まだアメリカがあり、ロシアがあって、中国がある…なんて考えるのは、ちょっと想像力が貧しすぎはしないか?

 

J・G・バラードというSF作家がいた。

彼はSF批評において、こういう趣旨のことを繰り返し述べていた。

「いわゆるスペースオペラは未来世界が舞台なのに、登場人物のメンタリティーや社会の在り方が西部劇のそれと大差ないのは、ちょっとおかしいんじゃないか」

彼の批判は、『テラフォーマーズ』にまさにドンピシャで当てはまる、と僕は思っている。

というか、メンタリティー云々以前に、この作品では日常の風景までもが(火星を除いて)今日と変わっていないのだから、正直お話にならないんじゃないか、とすら思っている。

 

 

…あ、最後に余談を。先日ついに公開されてしまった“実写”映画版『テラフォーマーズ』。予告編を見たときから相当イヤ~な予感はしていたけど、案の定壮絶な最期を遂げられたのだそうですね。ご愁傷様です。