Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

『ONE PIECE』を語る

『ONE PIECE』(ワンピース)といえば、もはや国民的漫画といっても過言じゃないだろう。

僕は10年ほど前にイタリアを旅したことがあるのだけれど、その時にもローマやフィレンツェの本屋さんなどで『ONE PIECE』のポスターをとてもよく見かけた。

これだけ有名&人気な作品だと、disるのにはなかなか勇気がいりそうだ。

 

「古澤さんは『ONE PIECE』は好きなの?」

こういう質問には、いつもこう答えることにしている。

「お話としては好きなんだけどね~。あの絵があんま好きじゃなくてさぁ~」

 

『ONE PIECE』の作者は言わずと知れた尾田栄一郎さんだけど、ホラ、彼のキャラクターデザインって、わりとクセがあるでしょう?

あのキャラデザが、個人的にあまり好みではないのですよ~(^_^;)

あともう一つ、彼ってわりと細部まで背景を書き込むところがあって、そのせいで読んでいると目がチカチカしてくる、というのもニガテな点w

 

…とここまで国民的漫画をdisっちゃったけど(w)上述のように「お話としては」決して嫌いじゃない。

これは、どういうことか。

 

主人公・ルフィのキャラクターが(デザインじゃなくて内面のほうね)僕は結構好きなのだ。

ルフィの性格を考察するにあたって、同じく『少年ジャンプ』が世界に誇るヒーロー、『ドラゴンボール』の孫悟空と比較するとわかりやすい。

ドラゴンボール』において、悟空は「オラが地球を守るんだァァァ!」と叫びながら敵と戦う(※)。悟空は、「大きな物語」にもとづいて戦っているのだ。

※もっとも、そのわりには、派手な戦闘のあおりで周辺の地形を破壊することが日常茶飯事であり、「なんだよ、むしろ地球破壊してんじゃん!」と子供心にツッコミをいれながら読んでいたのをよく覚えている。

 

一方、ルフィの行動原理は「海賊王に、俺はなる!」の一言に尽きる。地球のために戦っていた悟空とは対照的に、彼は自らの夢に(のみ)もとづいて行動する。

ポイントなのは、地球が守られなければ人類は困るが(いや困るどころの話じゃないがw)、ルフィが海賊王になれなかったところで、べつに人類は何一つ困らないということだ。いやむしろ、なられたら困るくらいの勢いだw

海賊王を目指すルフィの夢は、したがって「大きな物語」たりえない。これは、「小さな物語」だ。ルフィは、「小さな物語」にもとづいて戦っていく。

 

こうしたルフィの生き様を表すのに、一番ふさわしい概念は何だろう。

僕は、ニーチェの「超人」(Übermensch)思想を思い出す。

 

ドイツの哲学者ニーチェは、その主著『ツァラトゥストラかく語りき』のなかで、無意味な人生の中で自らの確立した意思でもって行動する人間を「超人」と呼んで称揚した。既成の価値観ではなく、自分自身の手で新しい価値観を打ち立て、それにもとづいて行動する、というのがポイントだ。

こう聞くと難しく思われるかもしれないけど、僕にはこれはルフィのことを言っているように思えてならない。

今『ONE PIECE』に慣れ親しんでいる日本の子供たちは、したがって将来、比較的スムーズにニーチェ思想を受容できるんじゃないかな。

 

 

…というわけで、なんか『ONE PIECE』をほめちゃったけど(w)、いや、最初にも言ったとおり、絵はキライよw

あと言い忘れてたけど、「『ONE PIECE』が好き!」という人間もキライw (マイルドヤンキーばっかだからね…)