Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

「わかりやすく説明してみて」

昔、とある深夜ラジオの番組を聞いていたら、人文系の大学院生だというリスナーさんが、こんな内容のメールを送っていた。印象的だったので今でも覚えている。

「僕は人文系の高尚な議論がとても好きです。しかし就職活動のため企業の面接を受けにいった際、人事課の人から『君は大学でどういう学問をやっているの? ふつうの人にもわかるように簡単に説明してみて』と言われてしまい、愕然としました。どうして高尚な議論を、わざわざわかりやすく説明しないといけないのでしょうか。これから社会に出たらこういう理不尽に耐えないといけないのか、と思うと憂鬱になります」

…こう言っちゃまことに申し訳ないが、僕はこれを聞いて思わず失笑してしまった。

 

この国で「インテリ」と呼ばれている人たちには、どうしても「本の世界に逃げ込んでいる」という印象がつきまとう。実際に、そういう厭世的な人たちーそれこそ上で挙げたリスナーさんみたいなーがアカデミズムの世界に多くいることは間違いないだろう。

彼らは、この象牙の塔のなかに引きこもって、「フランス現代思想によればリゾームが…ウンチャラカンチャラ」とかいった、“高尚な議論”を好んでやりたがる。

 

…もう、はっきり言っちゃっていいっスかね? 僕、そういうの大嫌いなんスよ。

 

僕は昔から、狭い共同体のなかでしか通用しないジャーゴンでもって延々とコミュニケーションを続けるというのが、大嫌いなのだ。つねに、もっと開かれた言葉で話をしたいと思っている。

僕は、たとえば「政治哲学における功利主義」みたいな、一見すると難しいテーマを、中学生の子たちやいわゆるマイルドヤンキーの人たちに理解してもらうには、どういう風に説明すればいいんだろう、と考えるのが好きだ。

“高尚な議論”が好きな人たちは、上のメールのように「わかりやすく説明してください」と求められると萎えてしまうようだ。

僕はまったくその逆。「わかりやすく説明してください」と求められると、俄然燃えてきちゃうタチなのだ。

 

僕はきっと、研究者よりも教育者だとか啓蒙家のほうが向いているんだろうな、とよく思う。