Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

叡王戦よ永遠なれ

おとといに引き続き、将棋の叡王戦(えいおうせん)の話をしよう。

 

叡王戦のスポンサーであるドワンゴ川上量生会長は、先日の電王戦終了後の記者会見にて

「おそらく来年も、これからもずっと、この叡王戦を我々ドワンゴの方でサポートして行きたいと思っています」

と発言、叡王戦の永続化を示唆した

実はドワンゴにとって将棋は赤字事業だとされている。にもかかわらずドワンゴが将棋へのコミットメントを続けるのは、一体どうしてだろう。

これについては、以前にも考察したことがある

一言でいえば、「企業としての格を高めたいから」だろう。

…言っちゃ悪いが、ドワンゴはまだ世間からどうしても「ネットでわけのわからないことをやっている胡散臭~い会社」と思われているふしがある。そんなドワンゴが、将棋という日本の伝統文化のタニマチとなることで、名実ともに一流企業へと脱皮しようとしている、というわけだ。

これは、球団経営と似ている。球団経営も、実はたいていの場合、赤字だ。それでも企業はこぞって球団経営に乗り出したがるし、一度球団を手に入れた企業は、簡単にはそれを手放そうとはしない。なぜかといえば、球団を経営することでその企業のブランド力-つまり格-が上がるからだ。

ドワンゴにとっては、いっそ赤字事業でもいいのだ。むしろ赤字のほうが「我々は完全に利益を度外視して日本の伝統文化を守っているんだ!」とアピールできるぶん、好都合とすら言える。

 

叡王戦が(おそらくは)永続化されるということは、将来人間とコンピューターの差が開きすぎて興行としての電王戦を開催できなくなったとしても、叡王戦はそののちも続けられるということだ。

そのときには、叡王戦は現在の「電王戦の予選会」みたいなポジションから脱し、七大タイトル戦に準ずる独立した棋戦として、晴れて棋界に君臨することとなるのだろう。

 

みなさんは、箱根駅伝が実は「アメリカ大陸横断駅伝の予選会」という位置づけでスタートしたことをご存じだろうか。

記念すべき第1回箱根駅伝は、1920年2月14日(←お正月じゃない!)に開催された。これがそののちも継続されて、今日我々の知る箱根駅伝となっている。肝心のアメリカ大陸横断駅伝のほうは、結局のところ実現しなかった。

こんなこと、今ではほとんどの人が知らないだろう。幻のアメリカ大陸横断駅伝から完全に独立して、箱根駅伝はお正月の風物詩として日本社会に定着したのである。

叡王戦も、おそらくはそうなるだろう。賞味期限の短い、期間限定型コンテンツである電王戦とは完全に切り離され、今後も開催されていくのだ。

 

どうかこれからも叡王戦が続いてほしい。できれば「タイトルホルダーも段位で呼ぶ」というその独特の規定も維持したままで。

広告を非表示にする