Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

オートガイネフィリアとは

みなさんは、「オートガイネフィリア」という言葉をご存じだろうか。

 

日本語では「自己女性化愛好症」と訳されることが多いようだが、まだ定訳はない。

簡単に言えば、男性が自らを女性だと思うことによって性的な興奮を得ることを指す。

 

ちょっと品のない例で恐縮だけど…AV鑑賞の場合を考えてみよう。

一般の男性は、単純にAV女優のヌードを見ることで、あるいは彼女の喘ぎ声を聞くことで、性的興奮を得る。

ところがオートガイネフィリアの男性の場合、女優を自らと同一視し―つまり自分もAV女優になったつもりで―自らも男に犯される情景を思い浮かべながら性的興奮を得るのである。

「そ、そんな人がいるのか!」とみなさん仰天されるかもしれないが、いるのだ、これが。いやはや世界は広い。

 

「オートガイネフィリアって、性同一性障害とどこが違うの?」と思われる方もいるかもしれない。

性同一性障害ーここではMtF(体は男性だけど心は女性)の場合を考えるーの男性は、精神的には女性である。したがって、男性に恋愛感情を抱く場合がほとんどだ(まれに、そうでないこともある)

しかしオートガイネフィリアの男性の場合、ふつうに女性に恋愛感情を抱く場合が多い。あるいは「女装した自分が恋愛対象」という人もいる。

オートガイネフィリアの男性も、男性と性交渉をもつことはある。が、それは性交渉によってー俗な言い方をすればー「女になる」ことができるからであって、男性が好きだから男性と性交渉をもつ、というのとは違う(したがってゲイとも異なる)

もうひとつ、性同一性障害との違いとして、オートガイネフィリアの男性は女装時によくマスターベーションをすることが挙げられる。そもそも女性と自らを同一視することで興奮する人たちなのだから、どうしてもこうなってしまうのだ。

 

以上を簡潔にまとめると、こういうことになる。

ふつうの男性は「女が好き」だ。性同一性障害の場合、「自分は女になりたい」。

それに対して「女が好き。だから自分も女になりたい」というのがオートガイネフィリアなのだ。「女が好き」と「自分は(も)女になりたい」が「だから」という順接の接続詞でつながっているのがポイントだ。

 

以前、本ブログにて、実在したB級(Z級?)映画監督の生涯を描いた伝記映画『エド・ウッド』を取り上げた

エド・ウッドには女装癖があり、第二次大戦に従軍している間も、軍服の下にひそかにブラジャーを着用して戦闘に臨んでいたという。

ある日、彼の女装姿をうっかり見てしまったガールフレンドが「あんたゲイなの!?」と問う。

エドは「違う。僕は女が好きだ。だから自分も女になりたいんだ」と答える。

まさに上で挙げたオートガイネフィリアの特徴そのものだ。

「史上最低の映画監督」エド・ウッドー彼もまた、オートガイネフィリアの男性のひとりだったのだろう。