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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

父親のやるべきこと

僕の父は(たまに)鋭いことを言う。

 

一年ほど前だっただろうか、帰省していた僕に、父は「お前はお坊さんになってみたらどうだ」と唐突に言い出した。

あいにく僕は(まだ)出家するつもりはない。

だが、宗教に関心をもっている、というのは事実だ。

今年の頭あたりからイスラーム教に関心を持つようになり、都内のモスクを訪れたり、クルアーンコーラン)の勉強をはじめるなどした。この春からは平行して仏教の勉強もはじめた。最近では、仏教イスラーム教を比較しながら勉強を続けているところだ(一方、同じく世界宗教であるキリスト教には、なぜかさほど興味がわかない)

だから、父から唐突に「お坊さんになってみたら」と言われた時は、内心「鋭いな」と思った。内面を見透かされているようにも感じた。

「ああ、父さんは、僕が宗教に関心があるのがわかってるんだ」

 

以前にも、似たような経験があった。

先日も書いたが、僕はもともと文系科目のほうが好き(&得意)だったのに理系学部に進学し、大学4年の時にちょっとした精神的危機に見舞われた。一時期は不登校(!)に陥り、無理やり実家に引きずり戻されたこともある。

その時に、父がこう言ったのを覚えている。

「だいたい、お前はなんで理系なんぞに行ったんだ。てっきり、お前は文系だとばかり思ってたのに。お前は、言語にかかわる仕事が向いてたんじゃないか。昔は言語が好きだったろう」

当たり。僕は高校のころ、言語学に関心があり、一時期は言語学者になろうかと真剣に考えたこともある。結局は、食えなさそうだからやめた。

そのことを両親に言った覚えはない。が、父は僕が言語に関心があるのに気づいていたわけだ。なぜだろう。

父は書店の店長をやっていたから、僕が言語学に関する本を立ち読みしていたのに気づいていたのかもしれない。だとしたら、その洞察力に驚かされる。

 

ちと話は変わるが、父親が尊敬されなくなった、父権が失われた、と叫ばれるようになって久しい。

そもそも「父権」なるものが本当にこの国にあったのかどうか、僕としては正直かなり疑問なのだが、さてお父さんが(ふたたび)尊敬されるようになるには、一体どうすればいいのだろう。

僕に言わせりゃ、答えはひとつしかない。

ちゃんと子供たちを見ることだ。

息子や娘が何に目を輝かせ、何の話をしているときが最も表情が生き生きしているか。それをよく観察すること。そして将来、彼/彼女が自らの進路に困った際には、自分が何が好きなのかを気づかせ、その夢を実現させるべく親として支えること。これに尽きる。

これさえちゃんとやっていれば、子供は絶対に父親を尊敬するようになる。

逆に言えば、どんなに一流企業に勤めていても、どんなに年収が高くても、これができない父親ゴミ

 

僕には将来、子供ができるのだろうか。今はまだ、わからない。そもそも僕には結婚願望というものがほとんどないのだ。

だがもし将来、僕が結婚して、子供ができたとしたら、彼/彼女のことをしっかりと見てあげようと思う。彼/彼女が何に目を輝かせているかをよく観察し、人生に迷った時には相談に乗ってあげたいと思う。

それが、父親のやるべきことなんじゃないかな。