Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

「異性への憧れ」(←なんか違和感)

世間一般では広く用いられている表現なのに、個人的にはどうしても違和感を覚えてしまうーそういう経験は、皆さんにはないだろうか。

僕の場合、「異性への憧れ」という表現がそれだ。

思春期になると、人間は異性に惹かれるようになる(同性という場合もあるけど)。そうした感情を一般に「異性への憧れ」というわけだが、僕はどうしてもこの表現に違和感を覚えてしまうのだ。

 

どうしてか。

「憧れ」というのは、「あの人のようになりたい!」という願望によって引き起こされる感情ではないだろうか。

たとえば、野球好きの少年がイチローに憧れを抱く、というのならわかる。

あるいは、将棋好きの少年が羽生さんに憧れを抱く、というのでもわかる。

野球好きの少年が「いつかイチローのような大リーガーになりたい」と思うのは自然だし、将棋好きの少年が「いつか羽生さんのような名人になりたい」と思うのも自然だ。

でも、「異性への憧れ」は、どうだろう。

女の子に「憧れ」を抱く少年が「あぁ…僕も○○ちゃんみたいにかわいらしいブラジャーをつけたいなぁ…」だとか「僕も××ちゃんみたいにふりふりのスカートをはいて登校したいなぁ…」とか思うだろうか。

それが、僕がこの表現に対して抱く違和感の原因なのだ。

 

ところがどっこい、まさに上記のような意味で「異性への憧れ」を抱いてしまう人たちが世の中にはいるのだ。それが、僕が先日取り上げたオートガイネフィリアと呼ばれる人たちなのである。

 

オートガイネフィリア(自己女性化愛好症)とは、簡単に言えば「女が好きすぎるせいで、自分も女になりたい」と思ってしまうことである。

オートガイネフィリアの男性たちは、「自分もOLのように、タイトスカートを履き、ハイヒールを履いて昼のオフィス街を颯爽と闊歩したい」と思ってしまう。彼らにとって「異性への憧れ」とは、まさに文字通りの意味での「憧れ」なのである。

 

…うん、こうした意味での「異性への憧れ」ならば、僕も違和感なく受け入れられるw