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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第97回)

今回は、アニメ作品も含めて、最近の映画を取り上げます。

 

・『ガールズ&パンツァー 劇場版』

この映画を見た観客は、ひとり残らず

ガルパンはいいぞ

という謎の言葉のみ、延々とつぶやくようになるという…

なーんて怪談じみた(?)噂までネットで拡散された(w)、人気アニメ待望の劇場版。

世界各国の美少女キャラたちが、「戦車道」なる架空の競技を戦う、という内容。冒頭からして、第二次大戦期の往年の名戦車たちがど派手なドンパチを繰り広げてくれるのだから、軍事&歴史マニアにとってはこれだけでもうお腹一杯だろう。あぁ~、CG全盛の現代に生まれて良かった♪

本作のストーリー展開は、なかなかに強引だ。テレビ版では一度も登場しなかったキャラたちが何の説明もなく唐突に現れる。さらには、テレビ版最終回で主人公チームが優勝したことで廃校を免れたはずの学校が、「廃校しないと約束したな。あれは嘘だ」ということで結局は廃校となってしまう。これは要するにテレビ版全12話での奮闘を全否定する超展開なわけで、観客は随分と戸惑ったことだろう。

そんな未曾有のピンチを救うべく、テレビ版で主人公たちと戦った元ライバル校のキャラたちが、今度は味方として援軍に駆けつける。「昨日の敵は今日の友」というわけで、まさに少年漫画の王道的展開だ。ここから先、本作は約1時間(!)にわたり、ひたすら戦車同士の戦いを描いていく。

序盤と終盤に長尺の戦闘シーンがある分、中盤の展開がやや駆け足気味だったが、そこはさすが「良アニメ制作請負人」との呼び声高い水島努監督。本作をあらゆる層のファンが満足できる良質のエンターテインメント作品へと仕上げた。強いて不満を言うなら西住まほお姉ちゃんの私服のセンスがいくらなんでもあんまりだということくらいか。

続編を期待します!

 

 

・『心が叫びたがってるんだ。

人気アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(←タイトル長っ!)のスタッフが再結集して制作したオリジナルアニメ映画。というわけで脚本を手掛けるのは、思春期の男女のドロドロを描かせたら天下一品との呼び声高い岡田麿里だ。

幼少期のトラウマにより声を失った女子高生。そんな彼女のクラスでは、学園祭に似た「地域交流会」の出し物としてミュージカル劇を演じることとなった。それを契機に、音楽好きの少年や、故障した野球部元エースなども巻き込んで、彼らの青春が一気に躍動しはじめる。

…最初タイトルを見たときは、正直「青臭いなぁ…」という印象が否めなかった本作。だってさぁ、「心が叫びたがってるんだ!」ですよ。

クラス全員でミュージカルをやるという本作のあらすじについても、「えーっ? 硬派な野球部員とカースト底辺のオタ男子とクラスの女子とで一緒になってミュージカルぅ? やれるわけねーじゃんwwww」と最初は思ったのだけど…そこはさすが岡田麿里、なんだかんだで最後までしっかり観客を引き付けて離さない。流石、の一言に尽きますね。

終盤、「あぁ、どうせ見るからにオタク受けしそうなヒロインの女の子が童貞っぽい男の子とくっつくんでしょ」とばかり思っていたら、「え? くっつくの、そっち!?」と何とも意表を突くラストに。

当然、賛否両論あるようだが、個人的には大いに感心した。もし予想通り主人公ふたりがくっついていたら、本作の評価はもっと辛いものになっていたことだろう。

 

 

・『ドラゴン・ブレイド

三度の飯より歴史が大好きなカースト底辺男子諸君なら誰しもが「もしティムールの軍勢と明の永楽帝のそれが激突していたら…」とか「もし日本の戦国武将と中国・三国志の武将が激突していたら…」とか妄想してニヤニヤし(て女子にキモがられ)た経験があるはずだ。

本作は「もしローマ帝国漢帝国が共闘していたら」という、多くの歴史ヲタ中高生が一度は妄想するけれども、あまりにバカらしいのでそれ以上は決して考えないというネタを、多額の予算をかけて本当に映画にしちゃったよ、という感じの中国映画。

いうなれば男子中高生の「ぼくの かんがえた さいきょうの せかいし」をそのまま映画にしてしまったようなもので、いやはや今の中国の蛮勇には恐れ入る。主演は政治的にはすっかり中国共産党のポチとなってしまった香港が生んだ不世出のカンフースター、ジャッキー・チェンだ。

紀元前後のユーラシア。漢の西域に派遣された主人公たちは、そこでローマ兵たちとばったり出くわす。彼らは政争により本国ローマを追われた人々であった。ともに西域で暮らすうちに、主人公たちと彼らとの間に民族を超えた友情が芽生えていく。

本作は何が笑えるって、ローマ人たちが普通に英語で喋っているのがもはや天晴れである。「おまえらローマ人なんだからちゃんとラテン語で話せよwww」とただちにツッコミを入れたいところだが、おまけに漢人のはずのジャッキーまでもが英語で彼らとコミュニケートするというのだから、これはもう伊達政宗が英語を話す『戦国BASARA』並みにハチャメチャな世界観である。

それでいて、後半からは妙にシリアス展開になってしまうのだから白けてしまう。「もし漢とローマ帝国が…」なんて設定の時点でおバカ映画なんだからもっとおバカ路線に徹すればいいのに、中途半端に「世界平和」やら「民族の共存」やらをテーマに盛り込むから、話が失速してしまうのだ。

付け加えるなら、「世界平和」やら「民族の共存」やらなんて、今の中国が一番実行できてないテーマじゃないか! これを、よりにもよって中国映画が叫んでしまうのだから、日本人である我々が白けてしまうのは当然のことだろう。

 

 

・『スター・ウォーズ/フォースの覚醒

巨匠ジョージ・ルーカスが生んだSF超大作『スター・ウォーズ』。本作はファン待望のシリーズ最新作(エピソード7)だ。

…といっても、そのジョージ・ルーカスは今回から監督を降りている。なんでも聞くところによると、ルーカスご本人は本作の出来に文句タラタラなんだとか…。

『エピソード6』ラストから数十年、物語の主人公の座はルークたちの子供の世代へと受け継がれた。相変わらず無音のはずの真空の宇宙空間でど派手にドンパチやりあいながら、彼らは銀河系を駆け巡っていく。

本作を見た感想は…まぁ「可もなく不可もなく」といった感じだろうか。ルーカスから重い重~いバトンを受けついだエイブラムス監督にとってはさぞやプレッシャーだったろうが、まぁこれくらいなら合格点でいいんじゃないの、という印象だ。

なお、僕の知人のあるジャーナリストは、本作に対して「大宇宙を旅しているというのに、普通に日本の地方みたいに、ちょっと移動しただけですぐ『あれ、○○さんじゃないですかぁ。奇遇ですねぇ!』みたいなノリで気軽に知人と出会ってしまえるところが笑える」という趣旨の、実に秀逸すぎるコメントを残していた。

 

 

・『オデッセイ』

マット・デイモンという俳優は、どういうわけだか、命の危機に直面して救出を待つという役どころが多いように思う。『プライベート・ライアン』の(タイトルの由来ともなった)ライアン二等兵マット・デイモンだった。なんだかピーチ姫みたいな人だね。

で、そのピーチ・デイモンさん、今回はなんとお隣の惑星・火星で遭難してしまったから、さぁ大変!

…というわけで、鑑賞前はただのパニック映画かと侮っていたら、意外にも知的好奇心をそそられる内容で、僕は大満足だった。

イメージとしては『ゼロ・グラビティ』と、デイモンの代表作『ボーン・アイデンティティー』を足して二で割ったような感じの作品。

本作を見ていて最も驚いたのは、主人公の頭脳の明晰さだ。砂嵐に巻き込まれて火星に取り残されるという悲運中の悲運に見舞われたにもかかわらず、全く動じることなく、今やるべきことは何かを冷静に考え、なすべきことを淡々と実行していく。その常人離れした聡明さには、尊敬を通り越して一種の恐怖すら覚えてしまう。

こういう役には、やはりハーバード大出身のマット・デイモンがもってこいだ。

本作ではこのほかにも、有人宇宙探査の過程で残念ながら死者が発生した場合、国家は彼/彼女の遺体を回収すべきなのか、回収するとしたらどのような手段を講じるべきなのか、といった問題提起もなされていて、社会派映画としてもなかなかに興味深い作品となっている。