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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

真田丸はいいぞ

先日の記事でも書いたとおり大河ドラマ真田丸』が気に入っている。

 

1月の放送開始当初は、正直あまり期待しておらず、したがって視ていなかったのだが、周囲の友人たちがやたらと絶賛するし、ネット上でも話題沸騰だったので、試しに視てみることにした。

そしたらこれが面白いのなんの!(w

ただちにNHKオンデマンドに加入し、見逃した回を全話視聴したのだった。

 

真田丸』、1月から3月までの最初の1クール(3ヶ月)のストーリー展開は、正直かなり複雑なものだった。

信濃の智将・真田昌幸が真田氏存続をかけて、周囲の大大名である上杉氏やら徳川氏やら北条氏やらに取り入っては裏切り、裏切ってはまた取り入り…を繰り返すので、形勢が二転三転し、話の筋を追うだけでもう精一杯である。

2012年の『平清盛』は、ストーリーが複雑でわかりにくいというので視聴者から敬遠され、そのせいで低視聴率に喘ぐこととなったが、僕に言わせれば『真田丸』1クール目のほうがよっぽどストーリーが複雑でわかりにくい。

 

そこで視聴者から敬遠されないよう、脚本家・三谷幸喜はいかなる策を採ったか。

まずコミカルな描写によって一般視聴者をつなぎとめることにしたのである。

たとえば、先ほど名前の挙がった智将・真田昌幸を演じる草刈正雄。若いころはその端正な甘いマスクから「和製アラン・ドロン」とまで称された草刈だが、『真田丸』では二枚舌、三枚舌を平気で使う老獪な、それでいて不思議な愛嬌も兼ね備えたオジサン昌幸を好演している。彼の息子で生真面目な信之大泉洋との掛け合いはまさに漫才そのもので、視ていて何度も笑わせられた。

 

だが、あんまり「お遊び」が過ぎると、今度は本格的な時代劇を期待する歴史ファンから敬遠されてしまう。そこで、三谷脚本はもうひとつ策を採った。

「登場人物を基本的に諱で呼ばない」というルールを導入したのである。

何年か前、徳川秀忠の正室・お江の方を主人公にした大河ドラマがあったが、そのなかではあっぱれにも「家康様が、幕府を開かれた!」というセリフがあった。

…徳川方の人間が、徳川家康のことを諱で「家康様」と呼ぶことなどあり得ない(もっと言えば、「幕府」という呼び名も当時はまだ一般的ではなかった)

その点、『真田丸』に抜かりはない。たとえば家康は、公の場では「徳川三河守様」と官職で呼ばれるのである。

もっとも、『真田丸』でも諱で呼ばれることはあり、たとえば主人公・真田信繁豊臣秀吉の面前で家康を非難する際、信繁はあえて「家康は~」と諱で呼んでいる。これは、相手を罵る際にはあえてその相手を諱で呼ぶという慣習があったためである(※)

※あまりいい例ではないが、天皇制廃止論者の左翼が昭和天皇ヒロヒト呼ばわりするのも、これが理由である。

このように『真田丸』では登場人物の呼び名にかなり注意が払われており、そのために歴史ファンから絶賛されているのだ。

 

他にも『真田丸』のこだわりを挙げればキリがないw

例えば武田勝頼上杉景勝は家臣から「御屋形様」と呼ばれるのに家康は単に「殿」と呼ばれるだけだ。これは武田氏、上杉氏が守護大名であったのに対し、徳川氏は相対的に「成り上がり」の家系であることによる。

あるいは家康は劇中で指の爪を噛む仕草をよく見せるが、これは実際にあった家康の癖である。

 

ここまでの話をまとめると、複雑なストーリーでも視聴者をつなぎとめるために、①コミカルな演出で一般視聴者をひきつけ、②登場人物の呼び方をしっかり考証することでコアな歴史ファンからも支持を獲得する、この二段構えの策によって幅広いファンを獲得した、というわけなのである。

 

真田丸』、天下人・秀吉も没していよいよ物語は天下分け目の関ケ原へとなだれ込んでいく。今後の展開に期待大!

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