Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

いろいろあるよ―映画の楽しみ方

一口に「映画の楽しみ方」といっても、人それぞれだろう。100人いれば、100通りの映画の楽しみ方があるとすら言っていい。

まぁ、とはいっても、一番わかりやすい楽しみ方は、やはりストーリー(脚本)を追うことだろう。

ミステリーであれば特にその傾向が顕著だ。たとえばポランスキー監督の『チャイナタウン』という映画は、脚本の完成度がきわめて高く、ミステリー作品にどうしても付きまとうご都合主義的な部分が皆無である、とよく言われる。

そういった作品を何回も見てーたぶん一回見ただけじゃわからないと思うからwー「あぁ、ここまで考えて脚本を組んであるのか」と感心するというのは、実によい映画鑑賞方法だ。

 

役者さんに注目する、という手もある。例えば高倉健さん主演映画をひたすら見まくって―ちなみに彼の映画出演本数は200を超えます―「あぁ、健さんもまだ30前半のころは寡黙&不器用キャラじゃなかったんだな。フツーにやんちゃだったんだな」ということを発見する、とかね。

 

まぁストーリーや役者さんに注目するのはふつうだと思う。これがもっと、“通”と言われる人たちになると、「ストーリーを追うヤツは邪道だ」とまでおっしゃる。

じゃあどうすりゃいいのかというと(w)、ひたすら映像美を堪能するのだ。映画ファンのなかには、映像を見るのに専念したいからというので、字幕を追う必要のない吹き替え版を好む人も意外といる。

なるほど、これも立派な映画の鑑賞方法のひとつだろう。

 

僕の敬愛する映画評論家・双葉十三郎先生(1910‐2009)は、たとえば鈴木清順監督『陽炎座』を評価するにあたって、その赤の色彩の使い方を称賛している。この作品の場合、大事なのはストーリーよりもーまぁカルト映画だからそもそもストーリーなんてあってないようなものだけどーむしろ色彩の使い方なのだ。

ストーリーを追うことが映画の楽しみ方だと思っている人は「え? 注目ポイントそこなの!?」と困惑してしまうかもしれないが、これとてれっきとした映画の楽しみ方のひとつなのである。

 

僕だってそうだ。僕は先日、中村錦之助主演『宮本武蔵』シリーズを最終作(第5作)まで鑑賞したが、その中でも第4作が個人的に一番気に入っている。

吉岡一門との決闘シーンのみモノクロで撮るという演出もよかったが、その直後の、赤いシダの上に武蔵が疲れた体を横たえるシーンがなお一層よかった。このシーンにおけるシダの葉は、本当に鮮やかな真紅だったのだ。その鮮やかさが強く強く印象に残っている。

宮本武蔵』シリーズはこのシーンに尽きる、とすら言ってもいい。

どうせストーリーのほうは…東映映画にありがちな、ラスト10分にチャンバラを持ってきて、それまではひたすら長い長~いプロローグが続くだけなのだから(;^_^A