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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『帝国の条件 自由を育む秩序の原理』

僕自身の経験から言わせてもらうと、00年代後半における政治活動家界隈では「とりあえず新自由主義さえ叩いておけば、何を言ってもOK」といった風潮が、間違いなくあった。

強者をさらに肥えさせ、弱者をさらに痛めつける新自由主義。労働者を、人を人とも思わぬ新自由主義。日本をふたたび戦争へと導く新自由主義

世間で悪と呼ばれているものは、はたして本当に悪なのか。

新自由主義は、それほどまでに悪いものなのか。

 

今回取り上げる『帝国の条件 自由を育む秩序の原理』(弘文堂)は、そうしたいびつな新自由主義像に、修正を迫るものだ。

著者は、社会学者の橋本努さん。数々の刺激的な論考で知られている。

日本の社会学者のなかで、僕が個人的に最も注目している人物だ。

 

本著において、橋本さんはまず、現代の世界秩序をアントニオ・ネグリにならって「帝国」と規定。そのうえで、そこにおける支配的なふたつのイデオロギーとして「新自由主義」(neoliberalism)と「新保守主義」(neoconservatism)を挙げている。

新自由主義ー00年代の日本ではこの言葉が市場原理主義(なにもかも市場まかせで超OK!)と混同されてしまったのだが、橋本さんは新自由主義が決して単なる市場原理主義ではないことを強調している。

さらに新自由主義に関する(冒頭に挙げたような)批判の代表例を取り上げ、それが新自由主義を根本から否定することにはならず、せいぜい新自由主義を「より洗練された新自由主義」へとレベルアップさせるにすぎない、と指摘している。

では、新自由主義を全否定することはできないのか。

答えは否。橋本さんは章末にて、新自由主義における「神義論の不可能性」を指摘、新自由主義に対し根本的な批判を投げかけるのだ。ここの箇所は、ぜひ皆さんも実際に読んでみてもらいたい。

 

新自由主義だけではない。現代世界におけるもうひとつのイデオロギー新保守主義ネオコンサバティブ)に関する記述も、また印象深い。

現実の政治勢力としての「ネオコン」は、イラク戦争という無謀な戦争を引き起こし、中東情勢に無用な混乱を与えてしまったため、今日では「ネオコン=バカ」という印象が強く根付いてしまった。

なるほど、確かに彼らの取った手段は稚拙だったろう。だがそれは、新保守主義というイデオロギーそのものが稚拙だということを必ずしも意味しない。

橋本さんは、新保守主義のイデオローグ、レオ・シュトラウスを取り上げ、彼が中世ユダヤの哲学者マイモニデスと中世イスラームの哲学者アル・ファラビの影響を受け、イスラーム文明とキリスト教文明を和解し包摂するような国制を探求する≫(306頁)ことを目指していたと説明する。

新保守主義は、決して単なるイスラモフォビアの思想ではなかったのだ。

読者は、シュトラウスの思想の深遠さに圧倒されるに違いない。

 

橋本さんの思考は、「帝国」の単なる現状分析にとどまらない。そこから、現在の思想に代わるオルタナティブとして「超保守主義」、「自生化主義」などのコンセプトを掲げる。

保守主義とは何ぞや。

この場合の「超保守主義」(trans-conservatism)の「超」は、若者言葉の「超きもちい~ww」の「超」とは違って(w)、「超克する」といった意味合いである。

橋本さんは保守主義の特徴として6つを挙げ、それらをさらに(否定でなく)深化させることで、保守主義の限界を超えうる「超保守主義」を提案するのだ。

もうひとつの「自生化主義」については、橋本さん本人にご説明いただこう。

≪本書において私は、ネグリ/ハートの「マルチチュード」論を読み替えつつ、さらにマルクスの観点を取り入れて、「全能人間の創造」を企てている。またそのような人間像の制度的条件として、「自生化主義」という理念を提示している。≫(6頁)

橋本さんはまた、思想だけでなく具体的な施策として、トービン税外国為替取引への課税)などのアイデアについても、本著のなかで検討している。

 

橋本さんは、とても理想主義的な人だ。だがそこに一抹の危うさを感じてしまうのも、また事実。「ちょっと、いくらなんでも大風呂敷広げすぎじゃないですか」という気がしないでもない。

だがそれでもなお、独創的なアイデアをまるで泉のようにポコポコと思いつけるこの社会学者に、僕は尊敬の念を禁じ得ないのだ。

 

 

帝国の条件 自由を育む秩序の原理

帝国の条件 自由を育む秩序の原理