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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『イスラームの論理』

今日、イスラームは、我々日本人にとっても、ますます無視することのできない存在となりつつある。

イラク・シリア地域に拠点を置くIS-いわゆる「イスラーム国」ーは相変わらず日本にとって脅威であり続けているし、昨今の日本の観光大国化にともない、インドネシア、マレーシアなどイスラーム圏からの観光客の数も増加の一途をたどっている(※)

※意外に知られていないが、世界最大の人口を誇るイスラーム教国は、インドネシアである。

 

我々はこの新しき隣人・イスラームについて、より理解を深める必要がある。そこで今回ご紹介するのが、中田考イスラームの論理』(筑摩書房)だ。

著者の中田考氏は、イスラーム法学者。近代の国民国家体制を超克すべく、カリフ制の再興を訴えていることで知られている。また、アニメ、ライトノベルなど、日本のサブカルチャーへの造詣が極めて深いことでも(ネット上では)有名である。

 

本著を紐解くと、イスラームの知識人としては意外にも思える箇所が複数ある。

たとえば、十字軍。我々日本人は、長いあいだ西欧中心史観にどっぷりと浸かってきたものだから、「十字軍=正義の軍」という極めてポジティブな図式で捉えてきた(※)

※たとえば漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第3部「スターダストクルセイダース」(直訳すれば「星屑十字軍」)はその典型と言っていいだろう。

だが9.11以降、そうした西欧中心史観は反省され、イスラーム側が抱いている「十字軍=侵略者」というネガティブな図式もまた考慮されるようになった。

ところが中田氏は、十字軍に対するこうしたポジティブ、ネガティブな図式双方を「十字軍パラダイム」と呼んで批判し、そこからの脱却を訴えるのである。

≪歴史の事実を客観的に見据えるならば、ヨーロッパ・キリスト教世界の内部での戦争と相互殺戮に比して、イスラーム世界とヨーロッパ・キリスト教世界の対立は決して共存を不可能とする克服できないものではない。十字軍パラダイムとは、ヨーロッパ・キリスト教世界とイスラームの対立を絶対化、固定化させ、歴史の事実から目を逸らさせ、誤った自他イメージを人々の心の中に植え付けるイデオロギーなのである。≫(133‐134頁)

 

本著を読み進めていくと、中田氏は非イスラーム圏である欧米や日本に対してよりかはむしろ、現状のイスラーム圏のほうにこそ憤りを抱いているのではないか、とすら思える箇所に出くわす。

たとえば、ハラール認証。これは、イスラームにおいて食用を禁じられている豚肉などを使っていないか、ちゃんと食用が許されるー「ハラール」とはアラビア語で「許されたこと」という意味であるー食材のみ用いているかどうかをチェックする認証であり、マレーシアなどで盛んである。

上述のとおり、近年、日本でもイスラーム圏からの観光客ないし留学生が増えていることから、このハラール認証が注目を集めているのだが、中田氏に言わせればハラール認証とは実はイスラーム的でもなんでもなく、むしろイスラームに反する偶像崇拝(140頁)だというのだから実に手厳しい。

中田氏の論理を要約すれば、食材がハラール(食べてOK)であるか否かは個々のムスリムが判断すべきことであって、国民国家ごときに認証する資格などない、それは涜神行為であり、国家という偶像への崇拝である、ということになる。「なるほど、そういう見方もあるのか」と目から鱗が落ちる思いがした。

なお、中田氏はハラール認証の問題に限らず、現行の国民国家のシステムを「リヴァイアサン」と呼んで極めて批判的である。

 

それにしても、中田氏の博識には驚かされる。プロローグでも、ドイツの社会学ニクラス・ルーマンの社会システム理論が援用されていて意表を突かれた。中田氏の学識は、専門のイスラーム法のみならず多岐にわたっているーまぁ、人文系インテリなのだから当然といえば当然なのかもしれないが(;^ω^)

 

もっとも本著は、カリフ制を掲げるISへの評価が甘すぎるという問題もはらんでいる。だがそれでもなお、読む価値のある本だと思う。読者は知的好奇心を大いに満たされるはずだ。

 

イスラームの論理 (筑摩選書)

イスラームの論理 (筑摩選書)