Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『戦前の少年犯罪』

ひと昔前、ナントカの品格とかいう本が、どういうわけだかベストセラーになってしまったことがあった(あれぇ~、なんて名前の本だったっけかなぁ~…とすっとぼけ)。

数学が本業の先生が書いた本で、その内容はといえば…まぁわりとよくある「戦前の日本は良かった。それにひきかえ今は…」的なお話であった。

この本に限らず、「昔はよかった」と言いたがる人たちの、多いこと多いこと。

ところがどっこい、「そんなことないんだよ」「戦前の日本なんて超モラルハザード社会だったんだよ」「絶対今のほうがいいよ」と教えてくれるのが、今回ご紹介する、管賀江留郎『戦前の少年犯罪』築地書館だ。

 

本著は、かなり地道な仕事でつくられた本である。

なにせ、昭和初年から敗戦の年までに全国で発生した少年犯罪について、著者が国会図書館にて当時の新聞やら雑誌やらをかたっぱしから調べ上げ、収集したデータの一部を本著におびただしく列挙して、一冊の本に仕上げているのだ(データ全部ではとても収まりきらない!)

…と聞くと、なにやらお堅い内容の本なのかと敬遠してしまう人もいるかもしれない。

心配ご無用! 地道なつくりとは裏腹に、本著は話し言葉で書かれており、かなり読みやすい。随所で皮肉が効いているので、飽きることもない。「本なんてあまり読まないよ」という人でも、スラスラ読了することができるだろう(そういう点で、経済評論家の上念司さんの著作と似ている)

 本著によって、「戦前は少年犯罪が少なかった」とか「戦前は性が乱れていなかった」とかいったクリシェ(紋切型の言説)が実は真っ赤なウソだったことが次々暴露されていく。痛快この上ない。

 

個人的に面白いと思ったのは、2.26事件を、当時頻発していたニートによる犯罪と同じ章で取り上げているところだ。

 

≪二・二六はニート犯罪だったと捉えたほうが正しいのではないかと私には思えます。爆発だけしてそのあとのことをまったく考えもしなかったことも、いかにもニート犯罪らしいありようです。≫(175頁)

≪具体的な政治目標を達成することではなく、とにかく行動を起こして自分の存在意義を確かめることだけに意味を見出しているのです。≫(181頁)

 

著者は、2.26事件において中心的な役割を果たした青年将校磯部浅一(1905-1937)を取り上げ、その夜神月的なイタい自意識を剔出していく。

 

(磯部の手記からは)ニート犯罪特有の全能感もあふれていることが読み取れます。磯部は獄中記で天皇や同志までをも批判して、世界で自分ひとりだけが正しいと云わんばかりのことを綿々と書き連ねています≫(182‐183頁)

天皇を)一方で神として祭っておいて、その神よりも自分のほうが物事を見通す力量があるという恐るべき自負を抱いて微塵も己を疑うことがないのでした。≫(183頁)

 

そして著者は、浅部だけでなく、補給の観念がなかった旧日本軍という組織それ自体もまたニートだったとしたうえで、戦前日本史を≪まさしく、戦前の歴史はニートの歴史でありました。≫(185頁)と総括するのである。

なるほど、ニートを切り口に戦前日本を分析するとは、なかなか着眼点がいいな、と感心した。

 

なにかと神格化されがちな、旧制高等学校についても、本著は容赦なくぶった切る。

いままで僕が抱いていた旧制高校のイメージは、「教養主義の牙城」であった。

ゲーテシェイクスピアを原著で読むなど当たり前。「おいお前、三批判書(※)についてどう思う」と訊かれて、うっかり「はぁ、カントですか。難しそうで、読んだことすらありません」と言おうものなら、以降、人間として扱ってもらえなくなる…そういう世界だと僕は思っていた。

※ドイツの哲学者・イマヌエル・カントの代表的著作純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三つをまとめてこう呼ぶ

が、本著によれば、実際には旧制高校の生徒たちも、さほど本を読んでいたわけでもないらしい。

旧制高校生の歳取ってからの回想録などを読んでおりますと、入学後に『ソクラテスの弁明』や『若きヴェルテルの悩み』なんかを(翻訳で)初めて読んで、教養あふれる高校生の一員になれたようで感激したといったようなものが結構多く(中略)三年経って卒業のころになってもあんまり変わりません。≫(279頁)

 

旧制高校名物・「街頭ストーム」と呼ばれる校外暴力・迷惑行為もすさまじいものがあったと数々の実例を挙げて指摘しており、この点も実に興味深い。

 

読めば読むほど戦前日本のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく、この一冊。

これからはいっそ、本著を読んだことのない人には戦前について一切語らせないというルールを導入してみては如何?(w

 

戦前の少年犯罪

戦前の少年犯罪