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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『女装して、一年間暮してみました。』

世はまさに、大女装時代である。

とは先日の記事の書き出しだが、本当にここ5~10年の間に、わが国における女装をとりまく環境は、ずいぶんと変わった。

もはや女装は、一部の人たちによる「禁断の趣味」などではなく、ごく一般的…とはさすがに言い難いかもしれないが(;^ω^)、少なくとも、一部の倒錯した人たちによる営みとは言えなくなった。

 

さて、そこで今回ご紹介したいのが、本著『女装して、一年間暮してみました。』サンマーク出版だ。

タイトルの通り、男性の著者が1年間女装して過ごした際の記録である。

著者のクリスチャン・ザイデル氏は、ドイツの元テレビ・プロデューサー。一時は「メディアの寵児」と呼ばれるほど大活躍した人物らしい。

そんな彼が、ある冬の日に防寒目的でストッキングを購入、それがきっかけで“目覚めて”しまったものだから、さぁ大変。

たちまちシリコンパッド、ハイヒールなどを購入し、日常を女性として過ごすようになる。

 

女装を始めて著者がひしひしと感じたのは、男性解放の必要性だ。

これまで、フェミニストらによって女性解放が繰り返し叫ばれてきた。それと比べると「男性解放」という言葉は、あまりなじみがない。

だが現代社会において真に解放を必要としているのはーもちろん女性もさることながらーむしろ男性のほうなのではあるまいか、と著者は考えるのである。

≪考えれば考えるほど、“男の役割”が人工的で不自然なものに感じられる。能力、成績、評価。そうした言葉が、僕も含め男たちを縛りつけている。(中略)

 テレビ業界で働いていたころから、僕はいやと言うほど男の醜さを目の当たりにしてきた。

 常にほかの人よりも気の利いたコメントを発し、機知に富む(あるいはそう聞こえる)ジョークを飛ばさなければならない。誰もが実際以上に自分を大きく見せようと必死だ。そういう男たちを見るたびに僕は「痛々しい」と感じていた。≫(27‐28頁)

男性は社会から、主体であることを強制される(←論理矛盾というか、なんともヘンな話だ)。そして、それに耐えられない男の子たちが、いわゆる「引きこもり」となる。

著者は女装することで、「主体たれ!」と命じる社会の圧力から解放されたのである。

 

さて、女装した著者は、男友達の助けを借りながら実際に外の街へと繰り出していく。

著者の体験は、かなり細部にわたって描写されている。女装の経験のある人にとっては「あるある」エピソードばかりだろう。

↓以下に掲げる著者の実体験は、僕も女装バーなどで女装者からよく聞く話ばかりだ。

女装あるあるその①:本名をもじった女性名(クリスチャン→クリスチアーネ)で呼ばれて赤面する

女装あるあるその②:ハイヒールを履いて歩く練習でひと苦労

女装あるあるその③:ブラジャーの肩紐の位置をひょいと整える仕草を無意識のうちにやる(ことを男友達に指摘されて赤面する)

女装あるあるその④:街のショーウィンドウを見ると、つい自分の身なりを確認してしまう

女装あるあるその⑤:電車で向かいに座った女性たちを見て、自分とどちらが綺麗か、とついライバル意識を抱いてしまう

 …などなど

 

本著を読んでいてとても興味深いと感じるのは、著者が女装を始めたことに対し、男性のほうが拒絶意識が強く、女性のほうが受け入れてくれる傾向にあること。

著者は女装を続けることで徐々に男友達を失っていくのだが、女友達はさほど失わない。むしろ女装して「女子会」に参加することで、新しい女友達が増える、といった次第だ。

どうして男は、女と違って、女装した男を嫌うのだろうか。

このブログでも以前書いたことがあるが、「ホモソーシャル」の概念によってこの非対称性を理解することができる。

すなわち、社会は男と女ではなく、(男らしい)男と「それ以外」によって構成されており、女装した男は「それ以外」へと放逐される。一方、女とは同じ「それ以外」なので仲良くやっていける、というわけなのだ。

 

本著の原題はドイツ語で『Die Frau in mir』。直訳すると「私の中の女性」となる。

女装することを通じて、著者は、それまで自らの心の奥底に眠っていた女性としての人格が徐々にはっきりとした形であらわれてきた、と感じる。

そのことで、妻との結婚生活に支障をきたすようになってきた――先ほど、女装を通じて女友達はむしろ増えたと書いたが、女「友達」と結婚生活を営む妻とは、全くの別問題である。

ついに妻は、女装を止めるよう著者に訴え出る。

果たして著者は女装を続けるのか? それとも…

結末は、自ら買って読んで確かめるべし。

 

P.S.↓見ての通り、本著の表紙は著者の男性姿です(オネエポーズですが)。ページをめくると、今度は著者の女装姿を拝むことができます。

 

女装して、一年間暮らしてみました。

女装して、一年間暮らしてみました。