Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第119回)

・『フランケンシュタイン

本ブログでは以前、パロディ映画『ヤング・フランケンシュタイン』を取り上げたことがある。が、肝心のオリジナル版のほうは、恥ずかしながら未見だったことに今更ながら気がついた次第…(;^_^A

というわけで、本日ご紹介する1発目は、『フランケンシュタイン』。

科学者・フランケンシュタイン博士から生み出された、世にも恐ろし~い怪物が人々に襲い掛かるっ! …ホラー映画の金字塔的作品だ。

「…アレ?」と思われた方もいるかもしれないので、あらためて説明しておくと、フランケンシュタインは怪物の名前ではない。

フランケンシュタインとはあくまで、怪物を生み出した科学者の名前なのであって、怪物それ自体に名前はないのだ。

名前がないから「フランケンシュタインの怪物」と呼ばれ、それが後世になって怪物それ自体の名だと誤解されるに至った、というわけなのである。

本作が公開されたのは、1931年。ベラ・ルゴシ主演『魔人ドラキュラ』が公開されたのと同じ年である。さらに、本作における怪物役には当初、そのベラ・ルゴシの名が上っていたのだという。

…結局、そのキャスティングが日の目を見ることはなかったが、もしルゴシが本作で怪物を演じていたら…おおいに興味をそそられるのは、僕だけだろうか。

 

 

・『我が道を往く』

NYの片隅にある、古びた教会。

今では年老いた神父がひとりで切り盛りしているが、ある日そこに若い神父が新しく配属されることとなった。

若さゆえにいささか型破りなところもある若い神父は、はじめこそ老神父とぶつかることもあったものの、持ち前のコミュニケーション能力を生かして、着実に地域コミュニティーへと溶け込んでいくのだった。

米国社会において、神父(あるいは牧師)という職業はたんに宗教者であるだけでなく、地域コミュニティーに密着したー言い方は悪いかもしれないがーある種の「便利屋さん」であることがよくわかる映画だった。

 

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・『トップ・ハット』

本ブログでももはやおなじみ、ジンジャー・ロジャースフレッド・アステアの名コンビによる、ミュージカル映画である。

このふたりの映画は、いつも同じようなお話ばかり。でもこれを、マンネリだなんて野暮なこと言っちゃいけないよ。これは、“様式美”なのだ。

たとえるならば、わが国における東映の任侠映画や、水戸黄門などと同じなのである。

ジンジャーとフレッドが出会って、歌って、踊るのを見て、「あぁ、フレッド・アステア、相変わらず動きがキレッキレだなぁ」「ジンジャー・ロジャース、よくハイヒールであれだけ踊れるなぁ」と毎回、素直に感心する。

…それが、このふたりの映画の楽しみ方なのである。

 

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・『最後の戦闘機』

第一次大戦における戦闘機パイロットたちの悲哀(と悲恋)を描いた、1935年公開のフランス映画。

当時、フランスの戦闘機には、操縦士と偵察士のふたり一組で搭乗するのが常であった。

で、やや年長の操縦士と若い偵察士が同じ機に搭乗して友情を育むのだが、その操縦士の美人の奥さんが、なんと若い偵察士がかつて一目ぼれした女性であったことが発覚。

懊悩の末、若い偵察士は大戦闘のさなか、その女性(操縦士の奥さん)の写真を抱きながら戦死を遂げる…。

まったく、愛を語らせれば、フランス人の右に出る民族はいるまい。フランス人の手にかかれば戦争映画すらも愛の映画と化す。

それでも戦闘シーンは、1930年代の作品にしてはなかなかの迫力ですよ。

 

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・『赤い河』

よりにもよって、トランプ大統領が爆誕してしまった。

ネット上では「アイエエエエ!トランプ!?トランプナンデ!?」という驚きの声が世界中で広がっているが、意外にも西部劇を見ればその答えが見つかるんじゃないかな。

というわけで、『赤い河』である。

この映画には、西部劇の要素がぜんぶ詰まっている。牛を引き連れての河渡りしかり、「インディアン」の襲撃しかり、決闘しかり。

西部劇は、米国の文化と歴史、米国人の精神、保守主義、あるいはリバタリアニズムー日本語では「自由至上主義」とも訳されるーを知るための、優れた教科書だ。

19世紀の西部では、「公権力」と呼ぶに値するものが、ほとんどなかった。そのために争いが絶えず、人々は自らの力で土地を、財産を得て、それを自らの力で守りぬかなければならなかった。

その精神は、21世紀の今日でもなお、かの国に根付いている。

主演のジョン・ウェインは本作でも相変わらずのマッチョぶりだが、こういうマッチョを崇拝する風土が、米国には確かにある。だからトランプのようなマッチョ人間が大統領に選出されうるのだ。

ラスト。ジョン・ウェインと義理の息子が殴り合いの決闘をするも、ついには互いの力を認め合って和解するという結末は、わが国における不良漫画の「…お前、いいヤツだな」と通じるところ大で、いかにも男臭~いストーリーである。

こういう男臭い、不良っぽい国が、アメリカなのだ。

これを機に、西部劇という格好の教材を通じて、アメリカという国についてもっと理解を深めてみよう。