読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

僕のキライな映画

僕は、自慢じゃないですが、人よりは多く映画を見てきたつもりです。

ちゃんと数えているわけではもちろんないので、正確な数はわかりませんが、これまでにだいたい2000本くらいは、映画を見てきたと思います。えっへん。…あ、すいません、自慢になっちゃいましたね(;^ω^)

飲み会などに行くと、たまに「自分、映画通なんスよ!」という20代くらいの若いコに出会います。

じゃあそういうコがどんな映画を見ているかというと、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』とか『ショーシャンクの空に』とか、まぁせいぜい90年代の映画をいくつか見てる程度なのですね。

で、こっちが「じゃあ、ジャン=リュック・ゴダールとかどう思う?」とか訊くと、「え、ゴダール? 誰ソレ? 俳優っスか?」とくる。

まぁ、こういうコの10倍くらいは映画を見ているつもりです。

…おっといけない、今度はイヤミになってしまいました(;^_^A

 

これまで見てきたなかで、好きな映画は数えるほどあります。デヴィッド・リーンの『戦場にかける橋』とか、アルフレッド・ヒッチコックの『鳥』とかね。

じゃあ、嫌いな映画は何か。これはもう、ハッキリ1本だけ挙げることができます。

 

フランク・キャプラ監督『スミス都へ行く

 

↑コレ

 

どういう映画か、簡単にあらすじを説明します。

正義感だけが取り柄の、田舎の純朴な青年が、ひょんなことから上院議員に選出され、ダム建設計画を白紙撤回させるべく、首都ワシントンDCにて建設族の議員たちを相手に戦います。孤独な戦いを強いられるも、最後には主人公の絶え間ない努力とひたむきな態度、誠実さが功を奏して、めでたしめでたし♪ というお話です。

この映画の、どこがそんなにイヤなのか。

まず、「正義感だけが取り柄」という主人公のキャラクター造形からしてもう吐き気を催すほど嫌ですし、こういう「キレイゴトさえ言い続けていれば、いつかきっと理解し支援してくれる人が現れて、最後にはちゃんと目的を達成できるんだよっ!(キラキラっ」的な甘ったるいストーリー展開に虫唾が走るんですね。

 

この映画を撮ったフランク・キャプラという監督は、人情味あふれる作風で定評のある監督でした。

今の日本の映画界で、キャプラ監督に一番作風が似ているのは…さて誰でしょう。

うーん、僕なら山田洋次監督を挙げたい。言わずと知れた、『寅さん』シリーズの監督さんですね。

実際、キャプラ監督の代表作『素晴らしき哉、人生!』は、アメリカ社会では日本でいうところの『寅さん』的な作品として位置づけられ、受容されているそうです。

こういう作風がダメだというわけでは、決してありません。

ただ、「政治」を描くのには向かないと思うのです。

政治というのは、もっとずっと、悪い意味で人間臭くて、ドロドロとした世界ですから。

人情味が売りの監督が政治をテーマに撮るというのは、正直なところ、僕はあまり感心しません。

 

…さて、ここからは完全に余談になってしまうので読み飛ばしていただいてもかまわないのですが、僕はこの『スミス都へ行く』という邦題からして、実は不満があるのです(^^;

原題は"Mr. Smith Goes to Washington" で、「都」というのは首都ワシントンDCのことなんですね。

日本語で「都」というと、「住めば都」などのことわざからも明らかなように、華やかな都市、文化の中心、といった意味合いがあります。実際、日本では平安京(京都)や江戸(東京)が長い間、政治的にも文化的にも日本の中心だったので、必然的にそうなるわけです。

ところがワシントンDCは、日本人の思い浮かべる「都」とは、もう全く異なる都市です。たとえるならば東京から永田町と霞が関を切り離して、ポトマック川河畔にボンと置いたような感じ。日本人の感覚からすれば、かなり異様な雰囲気のある街です。

だから"Washington"を「都」と訳したのは、誤訳とまではいかないにしても、あまりいい訳ではなかったように思うのです。

 

スミス都へ行く [DVD]
 

 

広告を非表示にする