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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『小室直樹 日本人のための経済原論』

業者「さぁ、本日お届けする商品はこちら! 社会学者・小室直樹先生の『小室直樹 日本人のための経済原論』! これ一冊に経済学のエッセンスがぜぇーんぶ、詰まっていますっ!」

客「…でも、お高いんでしょう?」

業者「それがなんと! 今ではもうひとつ、『小室直樹の資本主義原論』も合本されて、お値段たったの2800円!」

客「まぁ安い!」

業者「もう一度いいます! 今なら『資本主義原論』もセットで、たったの2800円ですっ!」

客「エーッ、そんなに安くていいんですかぁー!?」

 

…寸劇おしまい

 

というわけで今回の書評は、社会学者・小室直樹先生(1932-2010)の『小室直樹 日本人のための経済原論東洋経済新報社である。上にも書いたとおり、過去に出版された『日本人のための経済原論』と『小室直樹の資本主義原論』の合本である。

 

小室先生の『原論』シリーズの魅力は、なんといってもその高い論理性にある。

たとえば、以下のような文章が頻出するのである。

≪以降、「資本主義」と言えば、特に断らない限り、それは、「近代資本主義」を意味することにする。その他の「資本主義」に言及する時には、一々断わる。≫(12頁)

どうです、まるで大学入試の数学の出題文を見ているようではありませんか!

先日も書いたとおり、小室先生が日本の保守には比較的珍しく、「文学」ではなく「科学」の人であったことを再認識させられる。俗にいう「理系脳」ってやつだ。

 

しかしながら『原論』シリーズには、対照的なもうひとつの魅力がある。

ユーモアあふれる語り口だ。

これのおかげで『原論』シリーズは、論理性の高い文章にどうしても付きまとう、一種の「味気無さ」を回避することに成功している。

論理性とユーモアとが、ひとつの文章のなかに同居している―このことが、『原論』シリーズを魅力あるものにしてくれているのだ。

物書きのはしくれとして、僕もぜひ参考にしたいと思う。

 

原論』シリーズを読むにあたって、やってはいけないのが、速読ないし斜め読みをすることである。

時間はかかってしまうが、実際に声に出して読むのが最も望ましい。防音設備がないなど、実際に声を出すのが難しい環境ならば、心のなかで声を出しながら読むと良い。

原論』シリーズの文体には独特のリズムがあり、それは(心のなかで)朗読することによってはじめて味わうことができるからだ。

文章の面白さは、単にそのなかに詰まっている情報によってのみ決まるのではない。

たとえば、戦前の右翼思想家・北一輝(1883‐1937)の代表的著作、『国体論及び純正社会主義』、『日本改造法案大綱』は、絶対に声に出して読まなければならない。そうでないと彼の文章の凄みが伝わってこないからである。

原論』シリーズも、これと同じなのだ。

 

…それにしても「理系脳」の小室先生は、いったいどうやって、こうしたユーモラスかつリズミカルな文体を獲得できたのだろう。

僕は、小室先生の親友であった落語家・立川談志の影響によるところが大きいのではないか、とみている。

 

…あ、いけない。『原論』シリーズ全般の話をし過ぎて、肝心の本著の話をまだ全然してなかったwww

前述のとおり本著は合本であるので、前半の「資本主義篇」と後半の「経済学篇」のふたつに分かれている。

資本主義篇では、資本主義の誕生から今日までの歴史が概観され、現代日本における資本主義(と呼ばれているもの)が、本家本元の英国で誕生したそれといかに乖離したものであるかが力説される。

経済学篇では、経済学のエッセンス古典派経済学の依拠する「セイの法則」とかケインズ経済学の依拠する「有効需要の原理」とか―が、数式や数学用語も交えて説明される。

数学を駆使して経済学を語る小室先生は、まるで水を得た魚のよう。

ときに初学者には難しい箇所もあるが、そういうところは「読み飛ばしても構わない」とわざわざ断り書きまでついている。細部まで、初学者に優しい小室先生であった。

 

本著をひもとけば、経済に関する理解が深まることだろう。もっと多くの人に読まれてほしい本だ。

 

小室直樹 日本人のための経済原論

小室直樹 日本人のための経済原論