Furusawa Keisuke's blog

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書評『信長-近代日本の曙と資本主義の精神-』

「好きな戦国武将は誰ですか?」

ーこう訊かれたら、僕は「細川忠興」と答えることにしている。

細川忠興は優れた武将であり、また、茶道や和歌、能楽などの高尚な趣味も持っていた。一方で、気性の激しい性格でもあり、残忍さも備えた人物だった。

このようにひとつの人格のなかに知性と狂気の両方を孕んでいるところに、不思議な魅力を感じざるを得ないのである。

もっとも、細川忠興は戦国時代というよりかはむしろ安土桃山時代の武将と言ったほうが正確かもしれない。もっと上、戦国時代ど真ん中の世代のなかでは、松永(弾正)久秀がいいだろうか。彼もやはり教養人として知られており、同時に残忍な一面もあった。

 

さて、では3人の天下人ー信長・秀吉・家康のなかでは、誰が好きか?

…やっぱり、神君・徳川家康公だろうか。250年にも及ぶ安定したシステムを築いたからだ。

もっとも、僕が徳川のお膝元・静岡の出身だから、というのも関係しているのかもしれない。

秀吉はダメね。成金趣味だから(w

では信長は?

信長が好きという人は多い。だが僕は、信長が好きという人が嫌いなのだ。

…誤解しないでほしい。信長が嫌いなのではない。信長が好きという人間が嫌いなのだ。信長自身は必ずしも嫌いではない(好きでもないけど)

 

で、その信長について、日本の社会学の巨人・小室直樹先生(1932-2010)が解説本を書いた。それが、今回ご紹介する『信長ー近代日本の曙と資本主義の精神ー』(ビジネス社)だ。

例によってこの本にも、小室先生による興味深い指摘が随所にある。いくつか挙げてみよう。

 

まず、信長とそれ以外の戦国大名とでは、配下の武将たちのエートス(行動のパターン)が異なるという。

大東亜戦争期の日本軍は玉砕をした。だから我々現代人は玉砕が日本の(悪しき)伝統だと思いこんでしまう。

だが小室先生に言わせれば、それは違う。戦国時代の武将たちは、主君がヤバそうになったらさっさと逃げだしていた、それが日本の本当の伝統だ、というのだ。

ところが信長の配下の武将たちに限って、本能寺で必死になって信長のために戦い、玉砕した。

信長というカリスマが、武将たちのエートスを変えたのだ。

 

あるいは、桶狭間の戦いはどうだろう。

小室先生は、信長が兵士たちに略奪を禁じたこと、今川義元の首をとることのみに専念するよう命じたことに注目する。

これがいかに革命的な命令だったか。

前近代においては、日本でも世界でも、戦のどさくさにまぎれて略奪が行われるのが普通だったのだ。それを禁止して、軍隊を、ただひとつの目的(=今川義元の首)のために合理的に動く組織へと変えた。

これぞ、近代の軍隊である。信長はただひとりで近代の軍隊を作り上げたのだ。

 

桶狭間での勝利の後、信長は美濃攻略に移る。このとき信長が新たに作り出したシステムが、常備軍である。信長の常備軍は、他の大名ー例えば武田の半農半兵の軍に対し圧倒的な強さを見せることになる。

ここでポイントなのは、当時の日本では半農半兵の軍とて新しいシステムであったことである。

それ以前の日本では、大名と農民との間に強い敵対関係が存在し、農民を兵士として動員することができなかった。

大名と農民との間に信頼関係が芽生え、領国がひとつの共同体としてまとまったときはじめて、この半農半兵の軍という“新しい”システムが誕生したのである。

つまり信長は、古いシステムを打倒したわけではなかったのだ。かといって古いシステムを復活させたというわけでもない。

社会が古いシステムから新しいシステム(半農半兵)へと移行しつつあったときに、にもかかわらず「さらなる新しいシステム」常備軍を作り上げたことで、新しいシステムを駆逐してしまったのだ。そこに信長の凄みがあったのである。

 

…本著を読んで、少しだけ、信長が好きになった(w

 

信長 ー近代日本の曙と資本主義の精神ー

信長 ー近代日本の曙と資本主義の精神ー