Furusawa Keisuke's blog

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書評『論理の方法 社会科学のためのモデル』

思えば、社会学者・小室直樹先生(1932-2010)は、なんとも不思議な人だった。

 

彼は渡部昇一立川談志(1936‐2011)など保守・反共の人々と親交があり、彼自身、昭和天皇(1901-1989)を熱烈に崇拝する天皇主義者であった。

にもかかわらず、彼は同時に、戦後民主主義を代表するとされる3人の知識人―政治学者の丸山真男(1914‐1996)、経済学者の大塚久雄(1907‐1996)、そして法学者の川島武宜(1909‐1992)を師と仰ぎ、終生尊敬し続けた。

小室先生の著作において、「日本における唯一の政治学者である丸山真男教授は~」といった文言が頻出することからも、それは明らかだ。

 

今回ご紹介する著書『論理の方法 社会科学のためのモデル』は、タイトルのとおり、モデルをテーマとする著作である。

モデルとは何ぞや。

いうまでもなく、スタイル抜群の美女のことではない(;^ω^)

モデルとは≪本質的なものだけを強調して抜き出し、あとは棄て去る作業≫(はしがきⅱ頁)である。

そして、日本においてこのモデルという概念を駆使して功績を残した学者として、小室先生が取り上げているのが、先に述べた丸山と、あともうひとり、歴史学者の平泉澄(1895‐1984)なのだ。

 

これは、驚くべきことである。平泉といえば、一般的には代表的な皇国史観の歴史家とされており、戦後民主主義の大御所たる丸山とは政治的立ち位置が正反対にあると考えられているからだ。

左翼といわれる丸山と、右翼といわれる平泉を、≪平泉、丸山御両所は、日本人として特に優れた学者である≫(はしがきⅵ頁)として、平然と同じ土俵のうえで論じてしまう。

左右両翼と付き合いのあった小室先生にしかできない芸当だろう。

 

本著で一番面白かった箇所を挙げる。

丸山真男といえば、日本のアカデミズムの大家である。だれもがー批判者も含めてーそう思っている。が、小室先生はあえて≪正直に言うと丸山真男という人は博学多才ではない。むしろ浅学非才と言ったほうがいい≫(291頁)などとサラリと衝撃的なことを書いている。

にもかかわらず彼が偉大な学者であったのは、≪物事の本質を見抜く能力が凄≫(291頁)かったからだというのだ。

急所にさっと手が届く。天性の才能というべきだろう。

 

僕は、将棋の大山康晴・十五世名人(1923‐1992)を思い出す。彼と対局したことのある羽生さんによれば、大山は明らかに局面を読んで「いなかった」という。にもかかわらず、急所にさっと手が届く。

丸山も、あるいはそんな「名人」のひとりだったのかもしれない。

 

 

論理の方法―社会科学のためのモデル

論理の方法―社会科学のためのモデル