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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『日本国民に告ぐ』

日韓関係が、こじれにこじれている。

原因はいうまでもなく、いわゆる「従軍慰安婦」問題だ。

昨年末、釜山の日本総領事館の前に、慰安婦をモチーフにした少女像が設置されたことがきっかけとなって、ついには駐韓日本大使が一時帰国するという事態にまで発展した。

日韓関係は、危機に直面している…

…のだが、こう思っている日本人も多いのではないか。

「そもそも『従軍慰安婦』って、何なんだろう?」

ニュースでたびたび取り上げられるわりには、いまだに分かるような、分からないようなテーマが、このいわゆる「従軍慰安婦」である。

この「従軍慰安婦」について解説してくれているのが、われらが社会学者・小室直樹先生(1932-2010)の著書『日本国民に告ぐ』(ワック出版)だ。

タイトルは言うまでもなく、フィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」(Reden an die Deutsche Nation)のオマージュである。

 

本著第1章において小室先生は「誇りなき国家は滅亡する」として、わが国のいわゆる「謝罪外交」、「自虐教科書」を糾弾していく。

だが、言っちゃ悪いがこの程度の内容なら他の保守派の論客にだって書けることだ。社会学者・小室先生の真骨頂は、第3章以降において発揮される。

第3章では、いかにして資本主義が明治日本に導入されたかについて説明がなされ、続く第4章では、そのときに天皇がいかに絶大な威力を発揮したかが解説される。

 

第4章のタイトルは≪なぜ、天皇は「神」となったのか≫

日本の保守派の間では一般に、「天皇は神である」というときの「神」とは神道多神教における神であり、一神教でいうところのGodとは異なる、というのが“定説”となっている。

が、小室先生はこの“定説”に真っ向から挑戦、明治維新以降の天皇はまさに一神教でいうところのGodに他ならないとする。

その根拠は…意外にも教育勅語にあった。

これまた“定説”に反し、小室先生は教育勅語儒教のテキストではないとしている。

儒教は、臣(エリート官僚)と民(一般大衆)とを分けて考えていた。ところが教育勅語はこのふたつをまとめて「臣民」と呼び、「臣民」に共通する規範を与えた。

教育勅語は意外にも新規範を創造したテキストだったのであり、このように規範を新たに創造できる存在こそ、まさしくキリスト教でいうところのGodに他ならないのである。

 

だがそのGodも、戦後のいわゆる「人間宣言」によってそのカリスマを喪失してしまった、と小室先生はいう。

その結果として日本社会に引き起こされたのが、社会学でいうところの急性アノミーであり、この急性アノミーこそ現代日本をむしばむ病魔だと小室先生は結論づけている。

このアノミーを克服して日本人としての誇りを取り戻すことこそ、小室先生が「日本国民に告」ぎたかったことなのである。

 

日本国民に告ぐ―誇りなき国家は、滅亡する

日本国民に告ぐ―誇りなき国家は、滅亡する