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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『消費税は民意を問うべし―自主課税なき処にデモクラシーなし―』

2014年、わが国における消費税の税率は従来の5%から8%へと引き上げられた。

この消費増税の影響は深刻であった。わが国の個人消費がいまだに低迷しているのも、明らかにこの消費増税が原因である(※)

※天候不順が原因だという人もいるが、いくらなんでもそれは無理があるだろう。

 

今回取り上げるのは、社会学者・小室直樹先生(1932-2010)による消費増税批判の著作『消費税は民意を問うべしー自主課税なき処にデモクラシーなしー』(ビジネス社)だ。

といっても、本著が書かれたのは最近ではなく、1989年ーまさにこの国に初めて消費税が導入された時期ーのことである。

 

小室先生は冒頭で「消費税はネコババ税」だとして政府や大蔵省(現・財務省を批判している。

そこから、「そもそもデモクラシー国家における課税とは何か」という問題へと論を進めていく。

まず時事問題から話を始めて、次第に社会科学の話へと論を進める、という本著の体裁は、先日取り上げた『日本国民に告ぐ』(ワック出版)と共通するものだ。

だが、小室先生の話は高尚だけれどもお堅くない。

小室先生の筆致は相変わらず絶好調、いや“舌”好調だ。

≪こんな事が憲法の一部分になってしまったので、事は厄介、八戒、沙悟浄孫悟空だ。≫(126頁)

 

本著で一番面白かったのが、戦前の軍部や右翼に、そして戦後の自民党税調や大蔵官僚に見られる「問答無用」の思想を小室先生が批判する箇所だ。

≪自分達だけが国を救えるんだから問答無用。

 この論理、この思想と行動。

 自分達以外にも国を救える者が有り得る。それらの人々は、自分達と意見が違うかも知れない。

 が、問答に依って意見の調整が出来るかも知れない。この事は決して、青年将校や右翼の志士の意識に上る事はなかった。

 斯かる思想と行動とが、そっくりその儘自民党税調と大蔵省主税局とに引き継がれて今日に至っているのである。≫(140頁、太字部分は原文では傍点にて強調)

自民党税調や大蔵官僚たちは、自分たちこそが日本経済に精通したプロであり、それ以外の素人は口を出すな、と平然と言い放つ。その最たる例が、自民党税制調査会会長の山中貞則。これに対して小室先生曰く

≪ナヌ、「素人がゴチャゴチャ言うな」だと。デモクラシーとは、玄人の仕事に対して素人が最終的決定を下すシステムではなかったか≫(133頁)

まさしく然り。かくして

≪後世の歴史家は、日本デモクラシー崩壊の切っ掛けを作った男として、山中某を評価する事は疑いない。≫(144頁)

との結論に至るのである。

ここでは山中が批判の俎上に載せられているが、今日であれば消費増税を主導した財務官僚たちが同様に小室先生からの厳しい批判にさらされるだろうことは想像に難くない。

 

…先ほど、「本著が書かれたのは最近ではなく、1989年」と書いたが、正確には1989年刊行の『消費税の呪い』の改訂版として、小室先生没後の2012年に刊行されたのが本著である。

本著の最後は、ビジネス社編集部の「小室直樹博士と松下政経塾」という文章で締めくくられている。

本著が刊行された2012年当時、内閣総理大臣の地位にあった人物は、奇遇にも松下政経塾の第一期卒業生であった。にもかかわらず、以下のような厳しい言葉で総括されている。

≪一期生から総理が出た事は“塾”としては、喜ばしい事であった(?)のかも知れませんが、『増税』をかかげた“腹話術の傀儡人形”の誕生には、吃驚仰天したのが、国民だったと思います。幸之助翁と“塾”の創立に“犬馬の労”をとられた江口克彦参議院議員は『怒り心頭に達して』本会議壇上から『「政経塾」からは何も学ばなかった劣等生で、日本の総理としての資格はない』と結んで降壇されました。≫(223頁)

 

消費税は民意を問うべし ―自主課税なき処にデモクラシーなし―

消費税は民意を問うべし ―自主課税なき処にデモクラシーなし―