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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『人にはなぜ教育が必要なのか』

僕は今月を小室直樹月間」と位置づけ、これまで社会学者・小室直樹先生(1932-2010)の著書を重点的に取り上げてきた。

これらはいずれも単著だったが、今回ご紹介する本は共著だ。

小室直樹先生と、元外交官の色摩力夫(1928‐)による対談本である。

 

今までの小室先生の著作と同様、本著でも、社会学でいうところの「急性アノミー」や、近世ヨーロッパにおける人権概念の誕生の経緯などについて語られていく。

例によって、個人的に面白いと思った箇所をいくつか挙げる。

 

たとえば、「子供は本来残忍である」という章。

我々大人はどうしても、子供はピュアなものだと考えてーあるいはそう信じ込もうとしてーしまうが、小室先生は、「イヤ、そうじゃない。子供というのは本来残忍なものなんだ」と言うのだ。

言われてみれば、確かにそうだ。

僕自身の子供時代を振り返ってみても、分かる。あの頃は平気でアリを踏んづけて殺していた。大人になった今ではそんな無駄な殺生は絶対にしないし、子供がそうしているのを見たら叱る。

教育について考えるにあたって、まず「子供は残忍である」という事実を認めるところから始めなければならない。

 

「歴史に見る親子の仲とは」という章も良かった。

家庭崩壊が叫ばれて久しいが、さて昔はどうだったのか。というか、そもそも家族というのは本来仲がいいものなのか。

これについて小室先生は、サラリと爆弾発言をしている。

≪これまで述べてきたように、子供は本来残忍であるという認識に立って、教育やしつけを行うべきです。子供は本来真っ白で善良だという認識に立つから、とんでもないことになるのです。これと同じように、今の日本人は、親子というものは本来仲のいいものであるというふうに思い込んでいないでしょうか。

 親子の間で仲がいいというのは稀な状態で、仲が悪いほうが正常な状態と認識すべきだと思います≫(112頁)

仲が悪いほうが正常な状態だなんて!

だがこれも、言われてみればたしかにそうだ。

また個人的な話になってしまって恐縮だが、実を言うと僕は、昔から母親とはどうにも性格的にソリが合わなかった。だがそのせいで家庭が崩壊したかというと、そんなことはない。

むしろ「ソリが合わない」という事実をお互いに認めあうことによってーつまり、たとえ血を分けた親子といえども、異なる価値観を有する、別個の人間同士であることをお互い認め合うことによってー関係の悪化を回避できている、という側面のほうが大きい(※)

※もうひとつ、僕が関東で一人暮らしを始めるようになって、親子間で適度な距離を保てるようになったことも大きい。

 

今回、「親子の間で仲がいいというのは稀な状態」「仲が悪いほうが正常」という小室先生の言葉に触れて、なんだか少し、ホッとした気分になった。

 

人にはなぜ教育が必要なのか

人にはなぜ教育が必要なのか