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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『ロシア異界幻想』

皆さんは、『ナイト・ウォッチ』というロシア映画をご存じだろうか。

VFXをふんだんに駆使した映像ゆえに、日本公開にあたって勝手に「ロシア版マトリックス」として宣伝され、観客から「期待外れだった」と言われてしまったという、なんともトホホな映画であった。

とはいえ、この『ナイト・ウォッチ』、ロシア人特有のファンタジックな世界観が垣間見えるという点では、なかなか興味深い作品だった。

たとえば、フクロウが人間に化けると、全身粘液まみれで羽毛がこびりついた裸の女になる、といった視覚的イメージがそれである。

 

今回取り上げる、栗原成郎著『ロシア異界幻想』岩波新書は、ロシア人が伝統的に抱いてきたファンタジックな世界観をテーマとする著作である。

本著を読むと、ロシア文化のなんともおどろおどろしい一面が見えてくる。

なかでも驚くのは、“赤ん坊の焼き直し”という風習。

日照の乏しいロシア北部では、乳児がビタミンD不足で病気になることが多かった。このとき、母親が治療のため我が子をペーチ(かまど)で“焼いた”というのだ。

≪治療に当たる者たちは赤ん坊の体に酵母菌ぬきのライ麦の練り粉を塗り、パンを焼く鉄板の上に赤ん坊をのせて熱したペーチの中に三回入れる。そしてそのたびに「サバーチヤ・スターロスチ(犬の老衰)を焼け、もっとよく焼け」というような呪文を唱える。≫(40頁)

≪“赤ん坊の焼き直し”の儀礼の象徴的な意味は、嬰児をパン生地になぞらえていることにある。軟らかく、未だ形の整わない練り粉をパンに焼き上げることと、病弱な嬰児を健康な子供に造り変えることとのあいだには、並行関係が認められる。ペーチは生の素材が調理されたものへ変化する場である。嬰児をペーチで焼くということは、儀礼的な死を通じての再生を願う象徴的な行為である。≫(41頁)

 

本著はこのほかに、ロシアにおける終末論も取り上げている。

終末論は時に「反キリスト伝説」というかたちで語られる。この反キリストは東方から現れるとされた。ロシアにとっての東方とは、中国や日本のことであるから、我々日本人にとっても決して他人事ではない。

≪二十世紀の幕が開くと、一九〇四-〇五年の日露戦争でロシアは日本に敗北を喫し、国内では農民反乱や工場労働者のストライキが頻発して、ロシア人の多くは自分たちの慣れ親しんできた従来の生活が破局に近づいているような不安を感じ始めていた。「匈奴の再来」を預言する知識人もいた。≫(143頁)

 

本著は最後に、ロシアの民間伝承における天国と地獄のイメージについて取り上げている。これを読むと、地獄のイメージはものすごくリアルなのに、天国のほうのイメージはなんとも抽象的である。

同じことは、かのダンテ『神曲』にも言える。

どうやら人間は、天国よりも地獄のほうがイメージしやすいようで、この点は万国共通らしい。

 

「ロシア文化」と聞いて我々が思い浮かべるのは、たとえばチャイコフスキーの音楽であったり、トルストイドストエフスキーの文学であったりする。

だがそれは所詮、モスクワ、ペテルブルグという「二都」に住むインテリたちが生み出した、「上澄み」にすぎないのではないか、とも思えてくる。

これら都市部から離れた、土着のロシア文化は、もっとずっと、「おどろおどろしい」とすら言えるものなのではないか。

 

ロシア異界幻想 (岩波新書)

ロシア異界幻想 (岩波新書)