Furusawa Keisuke's blog

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書評『方丈記』

わが国において、『枕草子』、『徒然草』と並ぶ三大随筆に数えられているのが、鴨長明方丈記』である。

 

どうしてまた、唐突に『方丈記』なんか読む気になったかというと、お世話になっている、とある評論家の先生が、飲み会の席にて「(『徒然草』の吉田兼好と比べて)鴨長明という人はどうも自意識過剰なんだよなぁ」とつぶやいてらっしゃるのをたまたま耳にしたからで、それがきっかけで興味を持ったのである。

僕はつねづね「自分は最近の本ばかり読んでいて、いけないなぁ。そろそろ古典も読まないとなぁ」と思っていたところだったので、ちょうどいい機会だと思って、読んでみることにしたのである。

 

で、読んでみて思ったこと。

鴨長明には確かに自意識過剰のきらいがある!(w

現代に生まれていたら、おそらく新海誠監督の初期の作品を見て感激しちゃうタチだろうな、と思う。

だがそれだけではない。僕が感じたのは、鴨長明には意外にも理数系の素養があったのではないか、ということだ。

 

彼は、空間を把握する能力に優れていた。

例えば、安元の大火。彼は発火点や焼失面積などを『方丈記』に詳しく記しており、さらには焼失範囲の形状を扇形であると断じている。

よく考えてみると、これって結構スゴいことだ。当然のことながら、当時はまだドローンなんてなかった。付近の山から観察するにしても、おのずと限界がある。長明は被災地域を歩いて見て回って、焼失範囲は扇形に違いないと考えたのだ。

僕はここに、彼の空間認識能力の高さを見る。僕が読んだ版(笠間文庫)に載っていた浅見和彦氏の解説によると、焼失範囲の形状について触れた文献は、他にはないのだそうである。

あるいは、福原の新都に関する記述はどうだろう。

福原を訪問した長明は、この新都は北側を山で、南側を海で挟まれており、土地が狭く、区画の割り当てが不足している、と的確に指摘しているのである。

 

長明はまた、空間を把握するだけでなく、空間を効率よく活用する能力にも秀でていたようだ。

長明は晩年、京の中心から離れ、方丈の庵をあむ。『方丈記』では庵における家具の配置などが事細かに記述されており、そこから我々読者は、長明がごく限られたスペースを機能的に分割、利用していたことをうかがい知ることができるのである。

僕自身いつも、室内スペースを効率よく活用するにはどうしたらいいだろう、家具をどのように配置するのが最も機能的だろう、と考えてばかりいる。そんな僕にとっては、一丈四方の空間ーそもそも『方丈記』というタイトルはこれに由来するーをうまく活用した長明は、ちょっとした憧れでもある。

 

この他、『方丈記』の意外な特質として、数字が概して正確、という点が挙げられるだろう。

たとえば長明が晩年を過ごした方丈の庵は、それ以前に住んでいた「中頃のすみか」の百分の一にもおよばず、その「中頃のすみか」も、長明が若いころ住んでいた祖母の家とくらべると十分の一にもおよばない、と記されている。

逆にいえば、祖母の家は方丈の庵の1000倍以上の面積があったわけで、浅見和彦氏の解説によれば、これを敷地面積のことだと解釈すれば、たしかに現実的な数値に収まる、という。

 

方丈記』はまた、論理的な著作でもある。

作中、「もし、○○なれば~。もし、××なれば~」という形式の文が繰り返される個所がある。

「世の中のありにく」さ、庵の生活の魅力など、『方丈記』の根幹をなすテーマを語る場合、長明はこのように「もし」を多用し、個別の条件ごとに論証、吟味するという手法を採るのである。

 

方丈記』を読んで、そんな長明の意外な一面を知ることができた。

これは僕にとっては、ちょっとした驚きであった。

 

方丈記 (【笠間文庫】原文&現代語訳シリーズ)

方丈記 (【笠間文庫】原文&現代語訳シリーズ)

 

 

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