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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論 巨傑誕生篇』

90年代最大の評論家は、小林よしのりである。

 

…もちろん異論は多々あるだろう。だが、彼の風刺漫画(※)ゴーマニズム宣言』は、90年代当時、他の論壇誌を尻目に、飛ぶような売れ行きを見せたのである。

その内容についてはひとまず措くとしてーしたがって90年代最“高”かどうかは措くとしてもー90年代最“大”の評論家であったことは、まず間違いあるまい。

 ※つい「風刺漫画」などと書いてしまったが、『ゴー宣』はもちろんただの風刺作品ではない。では「政治漫画」「思想漫画」とでも呼べばいいのだろうか。『ゴー宣』をどのジャンルに分類すればいいのか、皆目見当がつかない。

なかでも、98年に刊行された『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』は、日教組の先生たちから教わる近現代史とは異なる、「オルタナティブ近現代史」があることを僕たち若い世代に教えてくれた。僕も『戦争論』は好きで、昔はよく読んでいた。

 

その「よしりん先生」(小林氏の愛称)の言うことも、しかしながら、次第に「どうか」と思わせる内容が増えてきた。

たとえば、2016年11月4日のBLOGOSの記事において、彼は、日本共産党がロシアに対し北方四島のみならず千島列島全島の返還を主張していることに触れ、≪これは自民党よりも良い。安倍政権に比べたら、共産党の方が良いような気がしてきた≫とコメントしている。

たしかに共産党が千島列島全島の返還を主張しているのは事実だが、だからといって安倍自民より共産党のほうがいいと言ってよいものだろうか。

近年では、「小林は左翼だ!」と批判する声もネットを中心に増えてきた。

 

 

今日ご紹介する本は、小林よしのりゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論 巨傑誕生篇』である。

上述のとおり、最近の小林氏の言動には正直どうかと思える点も少なくない。だが、この『大東亜論』に関して言えば、小林氏は実に良い仕事をしている。

明治において、日本を、そしてアジアをまたにかけて活動したアジア主義者たちの姿が、躍動感たっぷりに描かれているからだ。

 

『大東亜論』は、明治の初めに活躍したアジア主義者たちー具体名を挙げれば、頭山満、来島恒喜などーを主人公とする作品である。

この本を読んでいると、明治の人々の、人間としてのスケールのでかさに、ただただ驚くばかりである。

例えば、頭山には左手中指が欠けていた。諸説あるが、平和主義者であった頭山が、刃で人を傷つけることのないようにと、自ら切ったのだという。

頭山と親交があり、彼の側近として活躍した杉山茂丸(作家・夢野久作の父)や結城虎五郎もまた、同様に左手中指が欠けていた。やはり自ら切ったものだろう。3人で「盟約」を結んだため、とも言われる。

…なんというか、スケールがでかすぎて「お、おう…」としか返す言葉がない…(;^ω^)

 

もっとも、単に器がでかいというだけではない。『大東亜論』では、例えば頭山と遊女の交流のエピソードなども描かれており、頭山の人間臭い一面を見ることもできる。

明治のアジア主義者たちを単純に神格化しているわけではないところが、『大東亜論』の魅力のひとつだ。

 

面白かった点はほかにもある。頭山の偉大さは「あえて何もしない」点にこそあった、と指摘している箇所がそれだ。

頭山たちが活動を始めた明治前期の日本では、自由民権運動が真っ盛りだった。だがこの運動は―これは日本における政治運動史の宿痾とも言えるがー離合集散を繰り返した末、下火になってしまう。

このとき、頭山をはじめとする政治結社玄洋社のメンバーたちは、東京で「あえて何もしない」ことによって、玄洋社が派閥抗争に巻き込まれるのを防いだのである。

これって、意外とスゴイことだとは思わないだろうか?(^▽^;)

今も昔も、いや昔であればとくに、血気盛んな若者にあえて何もさせないというのは至難の技である。だが頭山は、玄洋社の若者たちに何もさせなかった。ここにこそ、頭山の非凡なまでの統率力を見ることができるのだ。

 

『大東亜論』の締めくくりとなるのが、来島恒喜による大隈重信暗殺未遂事件である。

明治日本が直面した最大の問題が、不平等条約改正問題であった。時の権力者であった大隈重信は、外国人判事の任用などを骨子とする条約改正案をつくった。

これには反対の意見が多かったが、大隈は断固推し進めるとの姿勢を崩さなかった。

もはや大隈を止める者などいないと思われたとき、来島は大隈暗殺を決意し、それを実行に移すのである。

 

この大隈襲撃から来島自刃に至る場面が実に鬼気迫るもので、『大東亜論』のクライマックスとなっている。『ゴー宣』シリーズ全体のなかでも、屈指の名シーンだろう。

 

…来島による大隈暗殺計画は、実のところ未遂に終わった。片脚の切断を余儀なくされるほどの重傷を負ったものの、大隈は生きていたのである。

そして、ここからが凄まじいのだが、大隈はなんと、自らを暗殺しようとした来島を称賛したのである。大隈は、こう述べている。

赤穂義士が不倶戴天の仇たる吉良の首級を挙ぐるとすぐに、なぜ吉良邸で割腹しなかったのか?

首を提げて泉岳寺へ引揚げたのは、武士の原則からいうと間違った話だ。

(来島が)目的を達したと早合点し、とどめも刺さずに自刃したのは、多少急燥(あせり)ふためいたせいもあろうが、とにかく現場で生命を捨てたのは、日本男児の覚悟として、実に天晴な最後である。

目的を達して現場で死ぬ…何と武士とて美しい最後ではないか。

来島の最後は、かの赤穂義士の最後よりも秀れている。≫(386‐387頁)

大隈はさらに、毎年玄洋社が行う来島の法事に、香料を送り続けたという。

来島と大隈について、頭山は以下の言葉を残している。

≪来島は元来、大隈に対して何らの怨念もない。彼はただ条約改正に反対してこれを止めさせようとしたのみである。

大隈もまた片足位でその命が助かったのは、彼のために喜ぶべきではないか?

もし改正案を断行していたら、千年後まで汚名が残ったであろう。

大隈は爆弾で政治生命を救われたのじゃ。≫(388頁)

…なんというかもはや、明治の人たちスケールでかすぎワロタとしか言いようがないではないか(;^_^A

 

 

来島をテロリストと断じるのはたやすい。

だが、『大東亜論』を読んでいるとーそこに描かれている玄洋社の志士たちの躍動した姿を見るとー現代の価値観から彼の行為の是非を論じることの難しさを痛感するのも、また事実である。

 

戦前のアジア主義について知りたいという方に、そして「最近のよしりん、なんかヘンじゃない?」とお思いの方にはなおさら、読んでもらいたい一冊だ。