Furusawa Keisuke's blog

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書評『現代に生きる信仰告白 改革派教会の伝統と神学』

僕は前々から、宗教に関心がある。

現時点で、どこか特定の宗教に入信するつもりは全くないけれどだから折伏にきたってムダですからねなんらかのかたちで宗教に強くコミットしている評論家の先生方の本を、僕は好んで読んでいる。

 

今回ご紹介する著作、『現代に生きる信仰告白 改革派教会の伝統と神学』(キリスト新聞社)は、元外交官にして作家という異色の経歴を持つ、佐藤優さんの講演などを活字化したものだ。

前半部分が彼の講演であり、中盤は他のパネリストも参加しての座談会、そして後半は観客からの質疑応答およびフリートーク、という形式をとっている。

佐藤さんの著作は、あまりに本格的に神学ないし哲学を取り扱っているために、難解な内容のものも多々あるのだが、本著は講演録なのでごく平易な話し言葉で書かれており、とても分かりやすい。

佐藤さんの本をまだ読んだことがないという方は、まず本作から読んでみるのが良いかもしれない。

 

例によって、面白いと思った箇所をいくつか挙げてみる。

佐藤さんのお母さんは沖縄の人であり、大東亜戦争沖縄戦では、手榴弾で自決する一歩手前のところまでいったのだという。

 ≪母の手榴弾は、安全ピンを抜いてサンゴ礁の壁に叩きつければ、3秒から5秒で爆発します。しかし母は一瞬、躊躇したのです。どれくらいの時間躊躇したのか聞きましたら、2秒はない、1秒強くらいだったそうです。そのとき、隣にアヤメという名前の、髭が伸びた「山部隊」に所属する伍長が、「死ぬのは捕虜になってからでもできる。ここは生き残ろう」と両手を上げました。こういう経緯で母は生き延びたのです。≫(47頁)

彼女のほんの1秒強の躊躇のおかげで、我々は佐藤優という稀有な評論家を失わずに済んだのであった(※)

※これと似たエピソードは、評論家の宮崎哲弥さんにもある。

宮崎さんのお母さんは宮崎さんを身ごもった当初、中絶するつもりだったが、親族のひとりにクリスチャンがおり、その人が中絶に反対したため、最終的に宮崎さんを出産したのだという。

おかげで我々は、宮崎哲弥という非凡な評論家を失わずに済んだのだった。

こうした生い立ちゆえか、宮崎さんは人工中絶に極めて批判的である。

 

中盤の座談会では、ちょっとした“危険球”も…

≪そうすると、関西のほうのターバン巻いたおっさんが、「死にたいんだったら死に場所をおしえてやるぜ」と(笑)。「トルコから『イスラム国』に入れるルートを俺は持っているから、そこに行ってみるのはどうだ」と。そうやってそそのかすとっつぁんが出てくるわけです。そういうとっちゃんなんて無責任なわけですよ。

 誰か特定の人というわけではなくて一般論ですよ。灘高を出て、早稲田大学政経学部入って、それで早稲田を放り出して1年目で今度、東大文Ⅲに入って文学部のイスラム学科を出て……。そういうやつが自分は危ないところに行かないで、人を煽っているのはけしからんと私は思います。≫(75‐76頁)

え~、ええっと…それはもしかしたらもしかして、っていうか絶対、アノ人ですよね…(;^ω^)、と読んでいるこっちのほうがひやひやしてくるw

隣にいたパネリストもやはり同様にひやひやしたようで、≪だいぶ特定されますけれど……。≫(76頁)と気を揉むが、佐藤さんはどこ吹く風。

やはり、何度も修羅場を潜り抜けてきた人は違う、ということか(^^;)

 

本著は、日本のクリスチャンに向けた講演なので、日本の諸々のキリスト教会に関する、かなりマニアックな内容の話も多く出てくる。

へぇ、キリスト教会の内部事情って、こうなってるのかぁ、と、なんだかワイドショーを好んで見る野次馬視聴者のような気分になってくるから困ったものだ(w

 

沖縄の問題や、マルクス主義への過度の期待(と僕の目には映る)など、僕と佐藤さんとは考えが異なる点も多々あるが、それでもこの異色の評論家に、今後も注目していきたいと僕は思っている。

 

現代に生きる信仰告白 -改革派教会の伝統と神学

現代に生きる信仰告白 -改革派教会の伝統と神学