Furusawa Keisuke's blog

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書評『棋を楽しみて老いるを知らず』

将棋棋士には、名文家が多い。

あれだけ地頭の良い人たちなのだから、当然といえば当然なのかもしれないが、美しい棋譜のみならず美しい文章をも残した棋士は、数多い。

将棋棋士のなかで最も文章が達者なことで知られたのは、やはりなんといっても河口俊彦八段(1936‐2015)だろう。

その格調高い文体には定評があり、将棋ファンの間では「老師」と呼ばれて敬愛されてきた。

現役の棋士のなかでは、先崎学九段が、やはり名文家として有名である。

だが、この人だって負けちゃいない。

二上達也九段(1932-2016)

日本将棋連盟元会長にして、あの羽生さんの師匠でもある。

今日ご紹介するのは、その二上九段のエッセイ『棋を楽しみて老いるを知らず』東京新聞出版局)だ。

 

二上九段は、北海道函館市出身。

北海道は、どういうわけだか、昔から将棋棋士を多く輩出してきた土地である。現役棋士のなかでは、屋敷伸之九段、野月浩貴八段などが北海道出身で知られる。

また、棋士ではないが、雑誌『将棋世界』の元編集長であり、『聖の青春』の原作者としても知られる、作家の大崎善生さんもまた、北海道出身者である。

さて、将棋に天才的才能を示した二上少年は、上京して将棋棋士となった。それから先は、勝負師としての戦いの毎日である。

二上九段はその棋士人生において多くの年長棋士と対局したが、とりわけ対局の機会が多かったのが、大山康晴十五世名人(1923‐1992)だ。

大山名人は、まさに文字通り“大きな山”として、二上九段の前に立ちはだかった。

二上九段はタイトル戦で何度も大山名人に挑戦するが、そのたびに退けられてしまう。なんとかしてタイトルを獲得しても、その次の年に挑戦者としてやってくるのは、やはり大山名人なのである。

大山名人は、長きにわたって、若手棋士たちの前に壁として立ちはだかった。

現在、そんな大山名人のポジションに最も近いのが、あの羽生さんである。

二上九段の弟子である羽生さんが、二上九段の宿敵・大山名人のポジションにいるというのも、なにやら因縁めいた話で面白い。

 

そろそろ、将棋界における師弟関係について簡単に解説したほうがいいだろう。

誤解されやすいが、師匠が弟子に将棋を教えるわけではない。本著でも、二上九段は羽生さんと3回しか対局したことがないと書いている。

若手ほど研究熱心なため、むしろ最近では、最新戦法に関して言えば弟子のほうが師匠よりも詳しい、ということが多いらしい。

それでは、師匠はいったい何のためにいるのか。何を教えるのか。

師匠は、新入り棋士身元保証人であり、礼儀作法を教える存在である。

この二上師匠のもとから、あの羽生さんが巣立ち、ついには前人未踏の七冠王に輝いたのである。

 

二上九段は、1989年から2003年までの実に14年間にわたり、日本将棋連盟会長を務めた。大山名人も長く会長職にあったが、二上九段のほうが在任期間が2年長い。よってこの“タイトル戦”は、二上九段の勝ちとなった。

≪あちら(註:大山名人)お亡くなりになったので、もう追い抜かれることはない。つまらない意地を張るようだが、最後にようやく勝てた。≫(236頁)

 

二上九段は、コンピューター将棋についても、以下の言葉を残している。

≪私は、コンピューターは人間を幸せにするために発明された道具だと思う。道具が人間より強くなったとして、人間は幸せになるのだろうか。人間より強いソフトができて、将棋がより面白くなるのだろうか。そこがどうもよく分からない≫(211頁)

奇しくも、今年(2017年)をもって電王戦が終了することが発表された。「歴史的な役割を終えた」のがその理由だという。

昨年から今年にかけて、将棋ソフトの不正使用疑惑に端を発する「三浦九段冤罪事件」で将棋界は揺れに揺れている。

そんななかで、二上九段の上の言葉はますます重みをもって、読者の前に迫ってくる。

 

それにしても、二上九段の文章の美しいことといったら!

美しい映画を見ていると、「あぁ、こんなきれいな映像をずっと見ていられたらなぁ」との思いにとらわれる。

同じように、本著を読んでいて「あぁ、こんな格調高い文章をずっと読んでいられたらなぁ」と何度思ったことだろう。

 

やっぱり、将棋棋士には、名文家が多い。

 

棋を楽しみて老いるを知らず

棋を楽しみて老いるを知らず