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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『英EU離脱 どう変わる日本と世界 経済学が教えるほんとうの勝者と敗者』

上念司さんと並んで、僕が個人的に一目置いている経済評論家に、安達誠司さんがいる。

 

今日ご紹介する『英EU離脱 どう変わる日本と世界 経済学が教えるほんとうの勝者と敗者』KADOKAWAは、安達さんが、昨年夏のイギリスの国民投票に基づくEU離脱ーいわゆる「ブレグジット(Brexit)」ーについて論じた著作だ。

 

「はじめに」と題された前書きにおいて、安達さんは、国民投票の結果を報じるマスコミに対して抱いた違和感を率直に表明している。

≪「EU離脱に賛成する人々は知性や教養がない」という風潮すらみられた。しかし筆者からすれば、その議論は「欧州統合」という「崇高な理想」が壊されてしまうという感情論に依拠している部分が多いのではないか、と思えたのである≫(4頁)

当時の僕も、「EU離脱」という意外な結果にいささか驚いたり、前言をすぐ翻す離脱賛成派の政治家たちに呆れたりした一方で、はじめから「EU離脱衆愚政治」という前提ありきで議論を進めるマスコミの報道にも違和感を覚えたものだった。

それだけに、安達さんのこの言葉に触れて、読んでいて思わず膝を打ったのだった。

 

おそらく、みなさんの関心は以下の一点に尽きることだろう。

結局のところ、著者の安達さんはブレグジットに賛成なのか、反対なのか。

安達さんは冷静な論者だから、あるひとつの事象を全肯定するわけでも全否定するわけでもない。

短期的に見れば、英国にとってブレグジットはメリット、デメリット双方を伴う、と安達さんは言う。だが、同時に彼が強調しているのは、中長期的に見ればブレグジットにはたしかにリスクが伴うが、そのリスクは定量的に予測することが可能なものだということである。

これに対して、本当の意味で“ヤバい”リスクーつまり予測困難なリスクを抱えるのは、意外にも、イギリスではなくむしろ大陸諸国、とりわけドイツだ、というのが安達さんの見方なのだ。タイトルにある「経済学が教えるほんとうの勝者と敗者」というのは、そういう意味である。

なぜドイツが「ほんとうの敗者」となってしまうのか。

中東情勢の混乱とそれに伴う難民の流入、長年ドイツの“お得意様”であった中国の経済停滞、さらには欧州経済そのものの低迷が、予測困難なリスクとしてドイツを苦しめるからである。

そもそも欧州統合自体、政治的な打算によって推し進められた、矛盾に満ちたものだった。リーマン・ショックまでの欧州経済の“好況”は、「ユーロバブル」という名のバブル景気に過ぎなかった、と安達さんは見ている。

そのバブルが崩れ、欧州各国が次々と経済危機に陥るなか、最後の牙城とも言うべきドイツまでもが危機に直面している。そしてその危機とは、イギリスの場合と異なり、定量的に予測することが困難ーすなわち対策を立てづらいリスクだと、安達さんは考えているのだ。

 

彼はまた、ブレグジットを契機に、金融機関がロンドンのシティーNYのウォール街と並ぶ金融街として有名―から大陸のフランクフルトなどに移転されるのでは、という見方にも懐疑的である。

経済地理学でいうところの「履歴効果」というやつで、一度形成された金融街はそう容易には壊れないと考えられるからだ。

 

このように離脱反対派の議論に批判的な安達さんだが、一方で、単純に離脱賛成派を支持しているわけでもない。

たとえば「移民・難民がイギリス国民の雇用機会を奪っている」という離脱賛成派の主張に対しては、現在のイギリスの完全失業率がたったの2%強にすぎない点を指摘し、≪移民がイギリス国民の雇用機会を奪っているという批判は当てはまらないし、社会保障の不正受給がイギリスの国家財政を揺るがすほどのインパクトをもっているとも思えない≫(68頁)として離脱賛成派を批判している。

感情的な議論に陥りがちな問題に対して、このように中立的なスタンスをとれることが、経済評論家・安達誠司の持ち味、と言えるのではないか。

 

 

以前、本ブログにてご紹介した『ユーロの正体 通貨がわかれば、世界が読める幻冬舎と比べると、やや難易度が高めなので、経済学の初学者の方はまず『ユーロの正体』を読み、それから本著を読むことを勧めたい。