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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

2017年冬アニメ感想

月日が経つのはまことに早いもの。今期アニメも続々最終回を迎えています…っていつも同じような書き出しで恐縮です(;^_^A

また例によって今期のお気に入りアニメを勝手にランキング形式で発表いたしますね。

 

 

1位『昭和元禄落語心中 助六再び篇』

昨年冬クール(16年1月~3月)に放送された『昭和元禄落語心中』、待望の第2期!

第1期では、主人公・八雲師匠を演じる石田彰の声優としての力量が群を抜いており、ほとんど「今週の石田彰劇場」の様相すら呈していた(;^ω^)

2期目となる今期では、そんな八雲師匠の弟子、与太郎(CV:関智一の出番がぐっと増える。果たして関智一は、本作を「今週の関智一劇場」とすることができるであろうか。

こりゃぁ、声優対決が見ものだな、と思って、最終回まで主にキャストの演技に注目しながら見続けた。その結果は…

…うん、やっぱり2期になっても、『落語心中』は「今週の石田彰劇場」でしたねw

もうね、ひとりで同じ人物の青年期から老年期までを完璧に演じ分けられるというのが、人間業じゃないw

ひとつの回のなかですら、八雲師匠の声がしだいに衰え、呂律も回らなくなっていくのが分かる。

つくづく、石田彰という声優の凄みを再認識させられたアニメシリーズとなった。

 

八雲師匠とその養女・小夏の関係についても、最終回で衝撃的な“ほのめかし”があった。

それを見て思ったのは、「人生、ときにはウソも大事」ということだ。

いや、もちろんウソは基本的にはよくないのだが(w)、むしろウソによってーつまり真相を明かさず墓場まで持っていくことでーはじめて人間関係が円滑に回る、ということだってありうるのだ。

これは、ヨーロッパ映画などでしばしば出てくるモチーフである。

 

最終回。戦前から始まったこの物語も、ついに2010年代の現代へと至った。

与太郎は円熟して九代目八雲を襲名、小夏はジェンダーの壁を乗り越えて女性落語家となり、彼女の息子もまた青年落語家としてデビューを果たした。

八代目八雲師匠は、ついに落語と心中することはかなわなかった。

落語は死ぬことなく、見事に復活を遂げたのである。

 

 

2位『3月のライオン

羽海野チカ原作の将棋アニメ『3月のライオン』、2クール目へ。

制作を手掛けるのは、あの新房×シャフト。といっても今回は、原作の雰囲気を損なわないよう、いつもの「シャフト節」はやや抑え気味である。

とはいえ、随所随所ではやっぱり光る。キャラクターの表情を複数の角度から複数のカットで描いたり、擬態語を人間(声優)の声で表現したり、といった演出がそれだ。

それでいて、全体的なほんわかとした雰囲気は崩れていないのだから大したもの。

昔のシャフト作品は、どんな原作を料理しても、いつも同じ「シャフト作品」に見えてしまったものだが、最近はだいぶ“料理の仕方”がうまくなってきたようだ。

 

さて、2クール目に入って、他の将棋棋士たちが次々登場し、『3月のライオン』は主人公・零くんの物語から、棋士たちの群像劇へとその性格を変えはじめた。そのなかでもひときわ注目が集まるのが、A級棋士・島田八段だ。

30代独身の島田八段を演じるのは、三木眞一郎。最初聞いたときは、声がやや老けすぎかなとも思ったが、何回か見ているうちに慣れてきた。

それにしても―これは原作を読んだ時にも感じたことだがー島田八段の30代男性としての描写がとてもリアルであることに驚く。とりわけ、彼が別れた彼女、ありえたかもしれない幸せな生活を夢のなかで見、目が覚めて殺風景な現実へと引き戻されるという場面では、ひと際そう感じた。

羽海野チカ」と聞くとやはり「10代の男女を描く作家」というイメージが強かったため、原作でこの箇所を読んだときは「あ、羽海野チカって、30代の男も描けたんだ」と驚いたものだった。

アニメでも、島田八段の持つ寂寞とした雰囲気をよく表現できていたと思う―ただ、原作漫画のほうがモノクロである分、より寂寞感が強調されていたかもしれない

 

さて、2クール作品なのに物語の進行がやけに遅いなぁとやきもきしていたら…どうやら今秋から第2期の放送が始まるのだそうで。今から楽しみである。

それにつけても、「原作:羽海野チカ」とか「OP:YUKI」とか、後述する『クズの本懐』よりも本作のほうがよっぽど「古き良きノイタミナ」という感じがしますなぁ

 

 

3位『小林さんちのメイドラゴン

アニメ制作会社の雄・京都アニメーション京アニが今期手掛けた作品は、これまでとは打って変わって、記号的なキャラクターたちが活躍するアニメとなった。

京アニがこういう作風のアニメをつくるのは、久しぶりだ。個人的にはやはり『らき☆すた(07年)を思い出す。

ハルヒ(06年)と『けいおん!(09年)の間に挟まれた『らき☆すた』は、「セカイ系ハルヒから「日常系」けいおんへの過渡期における、実験的な作品であった。

本作もまた、なかなかに実験的な作品だ。

とりわけOPはかなり前衛的。街の人たちが全員タケコプターのようにくるくる回りながら上昇していくOPを初めて見たときには狂気すら感じて戦慄したものだが、見ているうちに慣れてきて、しまいには何とも思わなくなった。

いやはや、慣れというのは怖いね(^▽^;)

 

さて、本作で一番面白いと思ったのは、小林さん、トールさん、カンナちゃん、と全員女性なのに、それぞれ父親役、母親役、娘役という具合に疑似家族を構成しているところだ。

そうした疑似家族との生活を通じて、主人公・小林さんは「家族って、いいなぁ」とはじめて気づく。そして、それまで疎遠になっていた実家の両親と久しぶりに連絡を取るのである。

疑似家族と血のつながった家族とが、対立する概念ではなく、むしろ相補的な概念として描かれているところが、本作の最大のポイントだ。

単に実験的であるだけでなく、このような人々の温かいつながりを描いている点が、好印象だった。

 

 

4位『クズの本懐

深夜アニメの名門(?)、フジテレビ・ノイタミナ枠での放送となった。

本作で特筆すべきは、放送時間30分のうちほとんどが濡れ場という回すらあったことで、もはや「深夜アニメの放送コードの限界にどこまで迫れるか」が本作のテーマなのではないかと思えたほどだ(;^ω^)

 

本作は、10代~20代の男女の群像劇。

そのなかでも一番の目玉は、清楚系ビッチの茜先生だ。

いくらでも男をとっかえひっかえしてヤりまくる茜先生がどうなるのかが本作の見どころになるわけだが、ここで彼女に敢然とアタックするのが、見るからに童貞然とした鐘井先生だ。

この鐘井先生が本作最大の曲者! 

最初はてっきり茜先生の手のひらで踊らされて終了かと思いきや、彼女のビッチとしての本性を見ても何ら動揺せず、ついには彼女をみごと落としてしまった。

この展開には「いくらなんでも茜先生があっさり陥落しすぎじゃないか」という声も聞かれたが、いやいやそんなことはない。

茜先生のように「どうせ男なんて全てとっかえひっかえ可能」と思っているシニカルな女にかぎって、いざ「真実の愛」を知ってしまうと、案外あっけなくコロリと落ちてしまうものなのである。

 

本作にはまた、レズビアンの少女も登場する。

最近は百合を売りにするアニメも多いが、本作では同性愛者の実態に近い、かなりリアルな描写がなされている。

ノンケ異性愛者)が茜先生を筆頭にことごとくクズばかりという本作のなかで、このレズビアンの少女が一番、一途でまともな人間に見えたのは僕だけだろうか。

 

 

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・追記(2017.4.8)

上記4作品のなかで唯一、『小林さんちのメイドラゴン』だけが、3月末時点では完結していなかった。

最終回が放送されたのは、ようやく4月6日のこと。

これまでの日常系エピソードとは打って変わって、シリアスな展開の最終回となった。

ドラゴンの寿命は長いが、人間のそれは短い。トールさんやカンナちゃんにとってはあっという間に、人間である小林さんは死ぬ。それについてトールさんが考えている間に、彼女の父親であるドラゴンが人間界に現れ、彼女をドラゴンの世界へと連れ戻そうとする。

最終回後半、小林さんは“男気”を振り絞って父ドラゴンを説得し、トールさんを人間界に引き留めることに成功する。感動的な場面だが、これは見方を変えれば「娘さんを僕にください!」と言っているにひとしいw

おまけにラストでは、小林さんがトールさんやカンナちゃんを実家の両親に紹介するというのだから、もはや完全に「結婚報告」である。

そういうわけで、疑似家族と血のつながった家族は相補的であるという本作のテーマがますます明らかとなった、良い最終回であった。

2期制作希望!

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