Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『反知性主義とファシズム』

このブログではこれまで、作家の佐藤優さんの著作をたびたび取り上げてきた。

だが今日ご紹介する『反知性主義ファシズム(金曜日)は、これまでの佐藤さんの著作とは、ちと雰囲気の異なる本だ。

佐藤さんが、精神科医斎藤環(たまき)さんとともに、AKBや村上春樹など、主としてサブカルチャーの話題を語る、という内容だからである。

なお、斎藤さんは批評家としても著名であり、これまでサブカルチャーを題材にした著作を多く上梓している。

 

本著第1章では、社会学者・濱野智史さんの『前田敦子はキリストを超えたちくま新書について、ふたりが縦横無尽に語る。

この『前田敦子~』、実を言うと僕が以前このブログにて貶したことがある本なのだが(^▽^;)、佐藤さんは(意外にも)この本を興味深く読んだようだ(※)

佐藤さんはAKBを、キリスト教天皇制、さらには大東亜共栄圏と絡めて論じる。こういう風に、一見無関係のように思える複数の事象を結び付けて論じるというのは、佐藤さんにとっては朝飯前なのである。なにせ霞が関とAVを結び付けて論じる人だからね。

※もっとも、細かい部分では、佐藤さんは濱野さんの見解に疑念を呈したり、濱野さんは(著書のなかで引用している)ハーバーマスを読んでいないだろう、と断じたりするなど、結構チクリチクリと刺してはいる…(^^;

 

続く第2章では、なんと村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年文芸春秋が俎上に載せられる。

僕は佐藤さんが村上春樹を読んでいるところがまったく想像がつかないのだが(;^ω^)、これまた意外にも佐藤さんは『多崎つくる』を興味深く読んだようである。

彼が披露する解釈にも「…なるほど! こういう見方があったのか!」と感心させられる。たとえば佐藤さんは、こう言い切る。

≪これ(註:『多崎つくる』)は日本の読者をほとんど意識しないで書かれているものだと思いました。「できるだけ早く英訳を作りたい」ということが彼の頭の中にあるのでしょう。訴えかけようとしている対象は世界だと思います。≫(97頁)

『多崎つくる』を読んだときに僕が感じた、なんとも言語化しがたい、もやもやした違和感の一端が、佐藤さんのおかげでようやくクリアになったような、そんな感じがした。

 

第3章は、宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』がテーマだ。

ここでは、『風立ちぬ』とファシズムとが結びつけて論じられる。

「え、ジブリ作品とファシズム!? 一体なんの関係があるの!?」

と驚かれる読者も多いことだろう。はてさてその理由は…。

これについては、ご自身で直接本著を紐解いてもらったほうが良いかと思う。

話は脇道にそれるが、この章にて佐藤さんは「宮崎駿には官僚と似た体質がある」という指摘をしている。我々一般のアニメファンの意表を突いた、なかなか興味深い指摘だ。

 

さて、本著を最後まで読んで驚いたのは、佐藤さんが意外にもサブカルチャーについて実に生き生きと語っている、ということである。

佐藤さんというとどうしても難解なキリスト教神学の話だとか、まるでスパイ小説の中の話のようなインテリジェンスのことばかりが印象に残る。

そういう、おそらくはインテリジェンスの現場で何度か死線をくぐりぬけてきただろう人が、(傍目から見れば)生き生きとアニメやAKBについて語っているのだから、これはいわゆる「ギャップ萌え」というヤツではないか!(w

 

本著を読んで、特にご年配の読者の方は「…なんだ、佐藤優のやつ、アニメやアイドルなんて軟弱な話題に逃げやがって」と不満を持つかもしれない。

だが僕は本著を読んで、作家・佐藤優のことがますます好きになった。

僕はこういう、政治とサブカル、双方を論じられる識者にあこがれるのだ。

 

反知性主義とファシズム

反知性主義とファシズム