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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『自壊する帝国』

現在40代以上の人々に、こう聞いてみるといい。

ソ連が崩壊すると思いましたか?」

おそらくほとんどの人が

「まさかソ連ほどの超大国があんな形でなくなるなんて思ってもみなかった。」

と答えるはずだ。

 

冷戦期、ほとんどの人間が、ソ連が崩壊するなどとは夢にも思わなかったことだろう。

太陽が東から上り西に沈んで、それが未来永劫繰り返されるように、アメリカがありソ連があるという冷戦体制が未来永劫続いていくーそう信じていたはずだ。

例外的に、社会学者の小室直樹博士(1932⁻2010)はいち早く1980年の時点ですでにソ連の崩壊を予言したが、それは本当に例外中の例外であった。

 

そのソ連が今まさに崩れていくさまを、かの国の内側から見ていたのが、元外交官にして作家の佐藤優さんだ。

本著は、そんな佐藤さんだからこそ著すことができた、秀逸なノンフィクションである。

 

本著は、佐藤さんが外務官僚としてのキャリアをはじめた、1985年春から始まる。

同志社大学神学部でチェコ神学者について研究していた佐藤さんが、チェコ語研修を希望して外務省の扉をたたいたものの、なんの運命のいたずらか、チェコ語ではなくロシア語の研修を命じられ、当時まだ「ソ連」と呼ばれていた国へと派遣されるのである。

佐藤さんによる当時のソ連社会の記述は、興味深い。

一言でいえば、日本以上に本音と建前が乖離した社会なのだ。

たとえば、当時のソ連の大学でも、構造主義などの西側の現代思想がひそかに研究されていたのだという(これは僕にとっては新鮮な驚きだった)。

当然ながら、ストレートに論文のテーマとして取り上げることはできない。そこでロシア人たちは一計を案じた。

論文の上では西側思想を“批判的に”取り上げ、最後に教条的なマルクス主義のテキストを引用して締めるのである。こうしてできた論文は、表向きは西側思想を批判したものなのだが、実際にはむしろ西側思想を紹介する論文として機能したのである。

 

本著では、個性豊かなインテリたちが次々登場する。

本著の序中盤では、こうしたインテリたちと佐藤さんとの交友が中心に描かれる。

だがページが進むにつれて、ソ連社会は混乱の度を増していき、終盤でソ連崩壊というクライマックスを迎えるのである。

超大国が崩壊していくさまは、まるで樹齢千年の巨木が倒れるかのように、圧倒的である。

そしてそうした未曽有の混乱のかげで、先に登場したインテリたちが暗躍するのである。

 

本著は、佐藤さんの作家としてのデビュー作『国家の罠』に続いて著された本だ。佐藤さんの(あの山のような)著作のなかでは、かなり初期に分類される作品である。

佐藤さんの本を読んだことがないという人は、まず本著から読むとよいかもしれない。

あるいはすでに佐藤さんの著作を複数読んできたという(僕のような)人ならば、「ああ! あの本のなかで書かれていた、あのエピソードは、この時の話だったのか!」という具合に、楽しみながら読み進めることができるはずだ。

 

それにしても、佐藤さんの半生は実に型破りである。

神学を志して同志社大学神学部に進学し、チェコ語研修を希望して外務省の門をたたき、外務官僚としてインテリジェンスの技を磨き、ソ連崩壊という歴史的大事件の現場に立ち合い、北方領土交渉のキーマンとして動き、国策捜査で逮捕・収監され、出所後は一躍ベストセラー作家となり、論壇の重鎮として今日に至る。

なんだか、そのまま映画になってしまいそうな、劇的すぎる半生である(;^ω^)

まるで、この世の摂理を超えたなにか大きなものークリスチャンである佐藤さんならためらうことなく、それを神と呼ぶことだろうーが彼を導いているかのようだ。

 

本著は、そんな彼だからこそ書けた、というか、「なにか大きなもの」が彼に書かせた、渾身の一冊である。

 

自壊する帝国

自壊する帝国