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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『功利主義者の読書術』

本ブログではここ最近、作家の佐藤優さんによる読書術指南書、『読書の技法』、『「知」の読書術』を立て続けに紹介してきた。

今回取り上げる『功利主義者の読書術』(新潮社)は、読書術の本ではなく、ブックレビューである。その点で、以前ご紹介した『野蛮人の図書室』と似ているが、こちらのほうが各々の書評がよりボリューミーである。

 

例によって、個人的に気に入っている箇所、印象に残った箇所をいくつか取り上げてみる。

 

佐藤さんは、『蟹工船』の作者・小林多喜二を、通常の意味でのプロレタリア作家としてはあまり評価していない。

≪筆者は、『蟹工船』を含む多喜二の小説を「プロレタリア・インテリジェンス小説」として読んでいる。「プロレタリア・インテリジェンス小説」というのは、筆者の造語であるが、社会主義(プロレタリア)革命を実現するために、嘘のようなほんとのことと、ほんとのような嘘を適宜混ぜて作った戦略的な小説ということだ。要は小説を通じ、革命に読者を誘うことが多喜二の目的なのである。

 小林多喜二は、プロレタリア・リアリズム作家といわれるが、筆者の理解では、観念小説家だ≫(167‐168頁)

上記引用部分、僕は全面的に佐藤さんに賛成である!(w

佐藤さんはさらに、多喜二の『一九二八年三月十五日』についても、その魅力は記録文学ではなく、拷問を描いた部分のマゾヒスティックな仮想現実にあるのだと思う≫(169頁)と、なかなかにスゴイことを言っている(;^ω^)

佐藤さんはさらに言う。

≪「インテリゲンチャ」である多喜二は、拷問によって真の革命家になることに憧れたのである。渡が三度目に死ぬときの様子も恍惚としている。究極のマゾヒズムの世界だ。≫(172頁)

プロレタリア文学者・小林多喜二は意外にも、官能小説に近いところに位置づけられるのかもしれない。

 

佐藤さんは、お母さんが沖縄の人であることから、沖縄への関心が人一倍強い。

本著の<「沖縄問題」の本質を知るための参考書>と題された章のなかで、佐藤さんは高良倉吉琉球王国』、池上永一テンペスト』を取り上げている(このうち『テンペスト』は仲間由紀恵主演でドラマ化された)

僕も沖縄には関心があるのだが、なかなか勉強が追いつかない(ので基地問題についてあまり迂闊なコメントはしないよう心掛けている)。佐藤さんの薦める上記2冊を近いうちに読んでみようと思っている。

 

このように僕は佐藤さんのブックレビューを基本的には高く信頼しているのだが、「さすがにこれはちょっと…」と疑問に思う箇所も、あるにはある。

佐藤さんは評論家の副島隆彦さんを称賛し、トンデモ本として知られる彼の著書『人類の月面着陸は無かったろう論』について≪何をもって論証とするかという論理実証主義の問題を人類の月面到達の事例に即して面白おかしく書いているのだ≫(150‐151頁)とかなり好意的にコメントしている。

佐藤さんは、本にペンなどで書き込みを入れることを推奨している。僕なら上の箇所に大きく?マークを書き込んでやるところだwーもっとも僕は書き込みはしないことにしている。本を汚したくないからである

 

ドイツ左翼界の大御所に、社会学者ユルゲン・ハーバーマスがいる。

佐藤さんはこのハーバーマスのことがお好きなようで、本著においても彼の『公共性の構造転換』を取り上げている。

ハーバーマスについて、佐藤さんは以下のように書いている。

ハーバーマスは一見ナイーブな対話的理性至上主義を唱えるが、なかなか腹黒い。誠実な顔をして、あえて相手の主張をねじ曲げて解釈し、信用失墜を図る。(中略)ハーバーマスは誠実な振りをして、満座で相手に恥をかかせるように画策し、いじめるのである。(中略)その陰険さから見習うべきところが多い。筆者はハーバーマスの大ファンなのだ≫(295頁)

あえて言う。かように性格の悪いハーバーマスが好きだという佐藤さんもまた、性格が悪いのである。そして、かように性格の悪い佐藤さんが好きだという僕もまた、性格が悪いのである!

 

功利主義者の読書術 (新潮文庫)

功利主義者の読書術 (新潮文庫)